獣は小鳥に恋をする






不思議と夢から覚める感覚はそれほどなかった。



ゆっくりと瞼が開き、その隙間から赤みの増した夕方の太陽の光が入り込む。



その光の先に彼はいた。



普段は長く伸びきった髪でよく見えない目が澪を見ている。



「......如月くん」



ようやく会えた。



その思いが溢れ出し、澪はいつの間にか涙を流していた。



真っ黒の瞳が驚き見開かれる。



きっとおかしな女だと思われているに違いない。



けれどそんなことどうでも良かった。



ようやく会えたこの時にやらなければならないこと



それはたった一つだけ。



「如月くん......っ、ご、ごめんなさい...!」



澪は頭を下げてそう言った。



「わ、私が......話しかけるのが嫌なら、やめるからっ........っ....、話しかけるのやめるからっ、ちゃんと学校きて.......私のことっ...嫌いでいいからっ......話しかけないからっ.....、学校に来て....ここに座ってて」



泣いてしまって上手く声が出ず、たどたどしいものになってしまったが、それでも澪は必死だった。



自分が嫌われたり避けられたりするのはやっぱり辛い。きっとそれは誰でも同じことだと思う。



だけどそれで彼の、葵の日常が戻るのなら



安いもんだと思った。



─────



しばらく頭を下げていたのだが、なかなか反応が返ってこない。



当然といえば当然か。なにせ今まで一度だって彼の声を聞いたことがないのだから。



葵の様子を伺うようにそっと顔を上げてみると、彼は目を丸くしたまま固まっていた。



有り得ないものでも見たかのように若干顔も引きつって見える。



何故だろう。



逆に澪のほうまでも混乱し始めてしまった。



まさかと思い。



「.........わ、私に話しかけられるのが嫌で......授業にでなくなったんじゃ.........」



と言いかけると、



「!?ちっ、違う!!!!」



「!」



葵は声を上げて否定した。



今度は澪が目を丸くする番。



「い、今......」



(如月くんが、喋った............)



澪の目を見て、澪に向かって初めてしゃべったのだ。



(今のが、如月くんの、こえ......)



初めて耳にした彼の声は低く、けれど澪の鼓膜をしびれるように震わせる温かくて澄んだ綺麗な声だった。



そしてはっと我に返る。



初めて聞いた葵の声に感動して聞き流していた。



今、彼は「違う」と言わなかったか?



澪に話しかけられることを嫌い、授業に出なくなったんじゃないかという問いに対し、「違う」と否定をした?



澪はあまりに信じられず、確かめるようにもう一度問い返す。



「ち、違うの?」



すると葵は今まででは考えられないような俊敏な動きでコクコクッ頭を縦に振るではないか。



「また、話しかけてもいいの?」



コクコクコクッ



「朝以外も、いてくれる?」



コクコクコクコクッ



「また、私の隣にいてくれる?」



コクコクコクコクコクッ!



心の中にたまりに溜まっていた不安を消化するように、何度も繰り返される澪の問に葵は必死に頷いてくれた。



それがすごく嬉しくて



澪の顔には自然と笑が浮かんでいた。



本当に久し振りに心から笑えたような気がした。



「良かった...!」



思わずそんな安堵の声が口からこぼれてしまうほどに。







「如月くんの顔が見れた」



初めてちゃんと見た彼の顔は夕日色で



「声が聞けた」



初めて聞いた彼の声はとてもこの空のように温かくて綺麗だった



「如月くんのことが知れた」



新しい彼を少しだけ知ることが出来た



「嬉しい」



その言葉が素直に溢れ出る



「すっごく嬉しい」



もっと知りたい



そばにいたい



そう、思った─────