「何もそんなに怯えることはない。
心配せんでも、このことを誰に言うつもりもない。
わしは、ちょっとばかし特殊な力を持っとるから気付いただけなんじゃ。」

「……本当に?」

ルシアンは不安げな表情で老婆の顔をのぞきこんだ。



「あぁ、本当じゃとも。
わしはあんたがどういう者かなんて、さして興味はない。
ただ……可哀想にと思っただけじゃ…」

「可哀想…そうだったんですか…
ありがとう、お婆さん。」

ルシアンは、老婆の皺がれた手を取って、礼を述べた。



「あんた…こっちに来てもう長いのかい?
天界に戻りたいとは思わないのかい?」

「それは……考えないことはありませんが…
でも……諦めました。
今、私は幸せですし…」

「あんたの翼はどうなったんだい?」

「私が気が付いた時には、もう…」

「そうかい…それは気の毒にな。
しかし、天界の者が地上に落ちるなんてことはめったにない筈だけど、なんだってそんなことになっちまったんだい?」

ルシアンは、少し考えた後に、地上に落ちた経緯を話し始めた。
話しているうちに、ルシアンの脳裏にもその時の記憶が甦り、その大きな瞳から一筋の涙が零れた。




「なんと…天界にはそんな綻びがあったのか…」

そう言いながら、老婆はくすりと笑った。



「もしも……もしもの話じゃが、天界の皆に会えるとしたら…どうするね?」

「ご冗談はよして下さい。」

「……冗談なんかじゃありゃせんよ。
さっき、言ったじゃろ。
わしには特別な力があると…」

「そんな…本当にそんなことが出来るんですか?!
もしも、出来るなら…
一目だけで良い!
皆に会いたい!
私がこうして無事でいることを…地上で幸せに暮らしてることを伝えたい!」

ルシアンは、小柄な老婆の肩を掴み、興奮した状態で叫ぶように言い放った。




「そうかい…
あんたがそこまで思ってるのなら…
会わせてあげるよ。
……ただ、少しばかり、条件はあるけどね…」