「ルシアンさん、ご気分はいかがですかな?」

穏やかな微笑と共に、ウィリアムが声をかける。



あれから、すでに三週間の時が流れた…



ルシアンはすでに理解していた。
自分の背中の翼がなくなってしまっていることを…
それは、もはや天界へ戻る術がないということ…

ルシアンの心は完全に闇に閉ざされた。
誰にどれほど話しかけられようと、彼女は何も答えず、表情を変える事もなく、ただ人形のように虚ろな目をしてどこか遠くを見ているだけだった。
食べ物もほとんど食べようとはせず、彼女の身体を支えているのは薬による栄養だけ…
希望を失ったルシアンの命の灯火は、今、まさに燃え尽きようとしていた。



そんなある日、彼女の部屋を一人の青年が訪ねた。
周りの人間達の態度や雰囲気から、その青年が年は若くともとても高い位の人物であることが、ルシアンにも感じられた。



「ルシアンさん、ラーシェル陛下です。
わかりますか?
えっと…この国の『王』ですぞ。」

「『王』?」

ウィリアムは本当は『王子』と伝えたかったのだが、王子と言う明確な言葉を知らなかったため『王』と伝えたのだ。



「倒れていたあなたを発見して、ここへ連れて来られたのは、ラーシェル様なのです。」

「ウィリアム、そんなことはどうでも良い。
……初めまして、ルシアンさん。ラーシェルです。
御加減はいかがですか?」

心配そうな表情でルシアンの顔をのぞきこむ青年は、澄みきった空のような青い瞳をしており、
耳障りの良いその声は、不思議な程ルシアンを安心させた。



「ラーシェル…」

力のない声がルシアンの口からこぼれた…



「そ…そうです!
私はラーシェルです!」

ラーシェルは、ルシアンのか細い手を握り締める。



「ラーシェル…」

ルシアンの声が再び同じ言葉を囁き、それと共に熱い涙が彼女頬を伝った。



「ルシアン…頑張るんだ…!生きるんだ!
私が傍にいるからね…」

ラーシェルは、ルシアンの涙を指で拭い、彼女の潤んだ瞳をじっとのぞきこむ。
もちろん、ルシアンに彼のその言葉は理解出来なかった。だが、「この人間は自分の味方だ!」…ルシアンの心の中で誰かがそう言うのを感じ、彼女は溢れ出る安堵の涙を止めることが出来なかった。