「いらっしゃい。今日は良い月が出てるね。
あなたは、今日、最後のお客さんだよ。」

「ようこそ」と紡ぐ声の調子は極めて軽い。

含みのある微笑みを浮かべ、深緑に囲まれた小さな泉の中央で宙に浮かぶのは泉を守る精霊フォルテュナ。

あたかも泉の色を映すかのような淡い碧色の髪と瞳、下向きに伸びた長い耳、額には雫の形をした青の宝石を飾っている。

すらりとした痩身を薄い法衣で包み、手には白羽扇を持ち悠然と構え…

その顔つきは、人間でいうならばまだ大人にはなりきれぬ少年のように見える。



ここは、「コトノハの泉」
この泉の水を掬って飲めば、どんな願い事も叶うとされる不思議な泉…

ただ、ここには少し風変わりな精霊がおり、簡単には水をくれない。
彼を納得させる話をした者だけが、その水を手に入れることが出来るのだ。

毎日、朝早くから大勢の人々が水を求めてやってくる。
それぞれの切なる想いを胸に抱えて…







その日最後の人物は、どこか普通の人間とは違う印象を感じさせる若い青年だった。
青年は精霊に向かって恭しく一礼し、その場に跪く。



「じゃあ、早速だけど、どうしてこの泉の水が欲しいのか、それを僕に話してくれる?」

フォルテュナは、青年の瞳から視線を逸らす事なく、いつものように呟いた。



「フォルテュナ様…
あなたは、ずっとここにいてくだらない人間の話に耳を傾けなくてはいけないことに、嫌気がさした事はございませんか?」

フォルテュナはその問いに眉をひそめた。

いつもなら…
ほとんどの人間は、ここではまずフォルテュナにこの泉を訪れた理由を話すものだ。
なのに、この男は違った。
フォルテュナに、質問を投げかけたのだ。



「君は、そんなことを聞きに来たの?
ここは、願い事を叶えるために泉の水をもらいに来る所なんだ。
くだらないおしゃべりがしたいのなら、他の場所へ行った方が良いよ。」

男は、その言葉に声を押し殺して笑った。



「ここへ来る人間達の話の方がくだらないと思うけど…
実は、あなたもそう思われているのではありませんか?」

「……さぁ、もうおしゃべりはおしまいだ。
僕も眠くなって来た…悪いけど、帰ってくれるかな?」

「……そうですか…
では……」

男は立ち上がり、フォルテュナの額に自分の中指で触れた。



「な…なにを…」

彼の指は、触れたかどうだか分からない程、弱い感触だった。
だが、その一瞬で、フォルテュナの目の前は白一色に塗りつぶされた…