あの日のことはよく覚えている。
病院を受診したその足で我が家へ挨拶に行こうと亮君は言ってくれたが、私としては亮君のご両親の意向を聞かなくてもいいのかと、それが気になっていた。
西垣さんとの結婚に踏み切れなかった原因のひとつでもあったから、今度こそきちんとご挨拶をと思っていた。
そう彼に話すと、今朝早く実家に電話をして事情を話したと言う。
「子どもができたと言ったとたん、お袋に怒られました。
大事なお嬢さんになんてことを、先様のご両親にどうお詫びをすればいいのって、予想通りでしたけどね」
「私のこと、ちゃんと話してくれた?」
「もちろんです。結婚したい女性だから、そうなったんだって言いました」
「あはは、亮君ったら……」
亮君のお母さまは、どんなに驚かれただろう。
子どもができたから結婚したいと言われて、それも相手は4つも年上で。
結婚には賛成してくださったそうだけど、子どもができたから、反対するに反対できなかったのではないか……そんな不安が湧き上がった。
私の沈んだ顔を見て、また勝手に落ち込んでますねと亮君に言われた。
「ウチの親は大賛成ですよ。親父にも話したので安心してください。
もちろん怒られましたけどね。あっ、兄貴にも今夜怒られる予定です」
「どちらのお兄さん?」
「上です。上の兄貴には頭が上がらなくて」
結婚しようというのに、私は亮君の家庭環境をほとんど知らない。
家庭環境だけでなく、経歴も詳しく聞いたことがない。
何が好きかとか嫌いかとか、趣味も知らないのだ。
それでも、結婚してもいいと思うのだから、以前の私からは考えられないことだ。
「上の兄貴は結婚してます、下は彼女もいないんじゃないかな」
「私、年上で驚かれちゃうでしょうね」
「またそれですか。歳は関係ありません。怒りますよ」
真剣に言われてシュンとなった。
へこんでばかりだ……と、また一人で落ち込んでいると、
「今週末、俺の実家に一緒に行ってください。もう連れて行くって言ったんで」
「はい……許してもらえるかしら」
「だから賛成だって言ってるでしょう。深雪さんなら大丈夫です。怒られるのは俺ですから」
てはじめに小野寺社長に怒られて免疫をつけておきます。
そう言って、彼は微笑んだ。
そして、我が家にやってきたのだが……
そろって現れた私たちに父は怪訝そうな顔をして、亮君の話を聞くと、
「なんだと! 深雪に会ってもいいと言ったが、子どもができたとはどういうことだ!」
「申し訳ありません」
「謝って済むことか! 責任をとれ、責任を!」
「はい、責任を取ります。深雪さんとの結婚を許していただけないでしょか」
頭が畳につくほど腰を折って父に頭を下げた亮君は、父の怒鳴り声に耐え続けた。
どんなに大事に育てたかとか、こんなに素直な娘はいないだとか、聞いているほうが恥ずかしくなるようなセリフが父の口から出てきて、それにいちいち、はい、はい、と亮君が返事をしている。
最後に 「一生大事にします」 と宣言するように彼が言うと、父はしばらく黙り込んだが、
「……そこまで言うのなら仕方がない。わかった、深雪は君にやる」
「ありがとうございます」
深雪はやるとは、いかにも父らしい言葉だと思った。
が、私は物ではない、「お父さんひどい……」 と、思わず口から声が漏れた。
ハッとした父が顔色を変えて 「すまん」 と言ったのには驚いた。
あとで母に聞いた話では、いつかの 「お父さん、大っ嫌い」 が相当堪えたようで、私の言葉に敏感になっていたそうだ。
それで怒りを抑えて我慢してきたが、妊娠発覚に怒りの封印が切れたらしい。



