冬夏恋語り




夕方の買い物客でにぎわう商店街は、呼び込みの声やタイムセールを知らせる声が、威勢よく
響いていた。

行きかう人を避けながら、母に頼まれた買い物のために乾物屋を探すが、なかなか見つからない。


『言わなきゃいけないときってあるのよ』


歩きながら、ちいちゃんが言ってくれた言葉が気にかかっていた。

言わなきゃいけないときっていつだろう……

そんな重大な事態が訪れるとは思えないが、もしもそんなときがやってきても、自己主張が苦手な私に言えるとは思えない。

きっと、その場の雰囲気に流されて、「まぁ、いいか」 で済ませてしまうのが私だ。

できるなら、人と争いたくはない。


人の波の向こうに目指す店が見えて、あそこだと思った拍子に、前を歩いていた人の肩に触れた。

急に立ち止まった人を避けることができず接触したのだが、荷物がぶつかる音がしたため 

「ごめんなさい」 と思わず謝った。

私の不注意ではないが、とりあえず謝っておけばトラブルは避けられる。

言葉にして謝っただけでなく、頭まで下げて謝罪してしまうとはどこまで小心者だろうと思いながらも、謝ったから大丈夫と自分を安心させている部分もあった。

いつもならそれで済むのに、今日はそれで終わりではなかった。



「ちょっと待ちなさいよ。卵、割れちゃったじゃないの」


「あっ、すみません」


「すみませんじゃないでしょう。弁償してちょうだい」


「はっ、はい。本当にすみません。あの……」



卵を弁償すればいいのだろうか。

とりあえずもう一度謝って、卵を割ったことに対して責任を取らなくてはと、そればかりを考えていたため 「深雪さん」 と呼ばれたことに気がつかなかった。



「深雪さんの袋からも音がしたけど、ビンが割れてるんじゃないかな」


「えっ?」



そう言われて手元の袋をのぞくと、ビンにひびでも入ったのか酒がにじみ出ていた。

お酒の匂いが香ってきて、



「わあっ、いただいたお酒が、どうしよう……」 



思わず大きな声を出していた。



「この酒、弁償してもらったら?」


「えっ? おっ、お互いさまだから、それでいいわね」


「はい」



私の返事に安堵した顔を見せると、割れた卵の袋を持った女性は、そそくさと歩き出し人ごみに消えていった。

呆然と立ち尽くす私の腕から、自然な動作でビンが入った袋を取り上げたのは東川さんだった。



「怪我はありませんか」


「大丈夫です」


「酒の良い匂いがしますね」


「生酒です。限定品みたいだけど」


「わっ、大損害だ。さっきの人に、弁償してもらうべきだったな」


「どうしてくれるんですかって、言い返せばよかった」


「無理無理、深雪さんには言えませんね」


「そうね、言えないかも。でも、卵にぶつかったくらいでビンにひびが入るの?」


「さっきの人の袋にも、ビンが入ってるのが見えたから、案外、そっちも壊れてるかも」



あちらの方が損害は大きいかもしれないですね、なんて私も意地悪なことを口にして、東川さんと顔を見合わせて笑い合った。

人にぶつかって、卵が割れたから弁償してくれと文句を言われて、頂き物のお酒が割れて、

悪いことがいくつも重なって、いつもの私ならここでかなり落ち込むのに、いまは落ち込むこともなく、むしろ晴れやかな気持ちになっていた。

買い物客で込み合うに通りで久しぶりに会った私と東川さんは、毎日話しているような会話を

かわしていた。

どちらともなく歩き出し、進む方向が同じであったことから、なんとなく東川さんと並んで歩いた。



「生酒か、小野寺社長が残念がるでしょうね」


「もらったこと、父にはまだ言ってないから知らないの」


「でも、もらった酒が割れたこと、深雪さん、黙っていられないでしょう?」


「そうね……」



ちいちゃんからもらったけれど、人にぶつかって割れちゃったの……と父に言えば

「よそ見でもしてたんだろう」 と小言を言われ 「生酒か。惜しいことをした」 と東川さんが言うように残念がるだろう。

小言はかまわないが、残念な父の顔を見るのは私も辛い。

代わりの酒を買って帰ろうか……



「そこの酒店によっていきませんか」


「はい?」


「社長に買って帰って、喜ばせてあげればいいんですよ。

気が利いてるなって、深雪さん、褒められますから」



私の腕を引いて酒店へ入った東川さんは、店の人に袋の中のビンを見せて、

「これと同じものをください」 と言っている。

私が……と財布を出す前に支払いを終えて、ラッピングされた酒を手渡してくれた。



「じゃぁ、また」




片手を挙げて去っていく背中を見送りながら、あっと叫んでいた。

酒代を支払っていないことを思い出したのだった。

東川さんの姿は、もうどこにも見えなかった。