冬夏恋語り



それから二日後、東川さんと最後の話をした場所に西垣さんが立っていた。

スーツを着た彼は、とても落ち着いていた。


どことなくそわそわした母と、どっしりとしているようで落ち着かない顔の父を前に、

よどみない挨拶をする彼の声は、いつもと変わりないものだった。



「今日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます。

はじめてお目にかかります。西垣武士です」



話し慣れた人は何を話しても上手なのだと、このときの彼を見て思った。

玄関先で述べた短い挨拶のあと、通された部屋であらためてかしこまった挨拶があり、母へ 

「和菓子がお好きだと、深雪さんから伺いましたので」 と言葉を添えながら、老舗菓子店の包みが差し出された。

この時点で、母は西垣さんに良い印象を持ったに違いなく、「まぁまぁ、お気遣いいただきまして」 と顔をほころばせていた。



私が運んできたお茶を飲みながら、父が西垣さんの仕事についてふれると、一通りの経歴を述べ、大学を辞めた経緯など隠すことなく話し 「先日、おかげさまで正式に講師となりました。まだまだ未熟ですが精一杯務めていくつもりです」 と控えめな言葉があった。

正式な講師と聞き 「ほぉ、それはおめでとうございます」 となぜか父が誇らしそうな顔になる。

そこで西垣さんは姿勢を正した。



「本日は、お二人に大事な話がありまして伺いました。

深雪さんとお付き合いしています。将来は深雪さんとともにと思っております。

結婚のお許しをいただけないでしょうか」



無駄のない言葉で一気に告げ、両親へ向かって頭を下げ、そのまま身動きしない。

父の返事を聞くまで頭を上げないのではないかと、隣にいて心配になったが、私の心配は数秒ののちに解決した。

「もう少し話を聞かせてもらえませんか」 と父が言い出し、西垣さんは頭を上げたのだった。

ほっとしたのは私だけでなく、母も小さく息を吐いていた。


西垣さんが訪れてから緊張の連続だったが、このとき少し緊張から開放された。

心に余裕ができたからか、いまさらながら疑問が浮かんできた。


私は、いつ西垣さんにプロポーズされ、承諾したのか……


なんとなく、二人の間でそんな雰囲気はあったけれど、言葉にして言われた記憶はない。

将来をともにと父には言っていたが、私に言ってくれたことがあっただろうか。

どう考えても私には言われた覚えがなかった。

言われたこともないのだから、私も彼に返事をしていない。


でも……彼はそのつもりでいた、私もそのつもりだった。

これでいいのかも。

そうよ、これでいいのよ、流れに身を任せておけば。


父が、いつも私に言っていた 「深雪はしっかりした男に引っ張ってもらったほうがいい」 と。

引かれた手についていけばいいのだと、そう言われてきた。

何事も決めるのに時間がかかり決断力に乏しい娘が心配で、そのように言い聞かせてきたのだろう。


私も自分で決めるより、決めてもらったほうが楽だ。

「どこに行きたい?」 と聞かれても 「おまかせします」 と言ってきた。

「何が食べたい?」 と問われると 「同じもので」 と答えてきた。

自己を主張するより、相手に気持ちを預けたほうがどれほど楽か。

これからは西垣さんに任せて……


ふと我に返り、父の声が耳に入ってきた。

将来とは、いつ頃を考えているのかねと、具体的に聞いている。

西垣さんの返事は、「生活が落ち着いてからと言うことになるでしょうか」 と、時期を確定しないものだったが、父は大きくうなずき、「いずれは教授になったりするのかね」 と、さらに大きな期待をよせた問いかけがあった。



「そうですね、そうなりたいものです」


「上を目指すことはいいことだ。期待しているよ」



これが父の返事と受け取った西垣さんは、では許していただけるのでしょうか、とすかさず聞いてきた。



「深雪を頼みます」


「ありがとうございます」



西垣さんに嬉しそうな顔を向けられ、弾みで彼と一緒に両親に向かって頭を下げた。

頭を下げながら、目の前で決まった自分の将来が、人ごとのような気がしていた。