『話って、そのこと?』
『えっと……西垣さんに会いに行こうと思ってるの』
『なに? 風鈴の音が邪魔で聞こえない』
『そちらに遊びに行きたいの。アイスクリームを持って行くから』
風鈴の音に負じと、思わず大きな声で叫んでいた。
『あぁ、あはは……アイスクリーム、新聞を読んだって人が、何人も持ってきてくれたんだ。
みんな考えることは一緒なんだね。嬉しいけど、冷凍庫がいっぱいだよ。
それにさ、深雪が来ても面白いところなんてないよ』
『そう……』
『来週、俺がそっちに行くから会おう』
『うん』
『深雪のお父さんに挨拶に行きたいから、そのつもりでいてくれる?』
『父に?』
『そろそろかなと思ってるんだ』
『そろそろって……』
『そういうことだよ』
そういうことだと言われても、具体的に言ってもらわなければわからない。
おそらく私たちの将来について、父に話をしてくれるのだろうと思うものの、本当にそうなのか自信がない。
どういうこと? と、ハッキリ聞けない自分ももどかしい。
いつもの私は言われるままに返事をして、彼の本意を探りながら、一人で悩んで悶々とするだけ。
ちいちゃんに勇気をもらったのに、今日もやっぱり同じ展開になりそうだ。
『講師の空きがなくて、思ったより時間がかかった。
待たせちゃったけど……深雪、聞こえてる?』
『聞こえてます』
『また電話する』
それだけ言うと、西垣さんは電話を切った。
不安な気持ちを伝えるはずだった、会いたいから会いに行きますと言うつもりだった。
釈然としない思いが残ったけれど、私の気持ちは何も言えなかったけれど、なんとなく西垣さんの考えていたことが伝わってきて、迷いと不安が少しだけ解消されたから、それでよしとしよう。
いつものように自分に言い聞かせて、自分を納得させた。
部屋に戻ると、小さな寝息をたてて眠る大空くんを抱いたちいちゃんと脩平さんが、心配顔で待っていた。
「どう? ちゃんと言えた?」
「うーん……会いに行きたいって言ったら、来ても面白くないところだって言われちゃった」
「なに、それ」
新聞を読んだ人が、アイスクリームの差し入れをしてくれたから冷凍庫がいっぱいだってと言うと、ちいちゃんの眉がつりあがった。
「ユキちゃんをなんだと思ってるの! ほかの人と一緒にしないでよ」
「彼にも都合があるんだよ」
「都合ってなによ」
「落ち着けよ、千晶が怒っても仕方ないだろう」
「仕方ないって、それで片付けちゃうの?」
私のことが原因で、夫婦喧嘩がはじまってしまった。
「あっ、あの、私は大丈夫だから」
「全然大丈夫じゃないでしょう!」
結婚して母親になったちいちゃんの怒りには迫力がある。
脩平さんと、いつもこんな喧嘩をしてるのかな。
結婚生活も平穏なときばかりではないのだと、いとこの夫婦喧嘩を目の当たりにして、そんなことを思った。
腕に抱かれた大空くんが、顔をしかめてむずがり起きる気配をみせると、背中をトントンと叩いてあやし、ちいちゃんの声も小さくなったが、怒りは収まらない。
「西垣さん、ユキちゃんに会えない理由でもあるの?」
「仕事が忙しいのかも。でもね、来週会うことになったから」
彼がこちらに来て、父にも挨拶をしたいと言っていたと話すと、ちいちゃんが身を乗り出してきた。
「挨拶って、結婚の申し込み?」
「さぁ……」
「さぁって、伯父さんに挨拶って、それしか考えられないでしょう。
講師になって準備もととのったってことじゃないの? 待たせたって言われたんでしょう?」
「講師になったから、親に挨拶したいのかも。結婚とかまだまだ先だと思うし、
そんな話、したことないから」
「結婚について何も言われてないの?」
「うん……」
「西垣さんって、ハッキリしない人ね。ユキちゃん、東川さんのほうが誠実よ。
それに仕事だって、東川さんの方が堅実でしょう? 講師って不安定じゃない」
彼にしちゃいなさい、そのほうがいいって、なんて言い出すものだから、私は慌てて否定した。
「東川さん、付き合ってる彼女がいるのよ。私も、そんなつもりはないから」
「そうだった……ごめん」
ちいちゃんはしょぼんとうなだれて、余計なこと言ってごめんねと、また謝った。
私たちのやり取りを見ていた脩平さんが、プッと噴出した。
「千晶、小野寺の伯父さんに似てきたんじゃないか。
西垣さんより東川さんがいいとか言い出すし、押しの強さとか、言い方とか似てる」
「えっ? そんなことない……けどね、伯父さんの気持ちが、いますごくわかる気がする。
ユキちゃんのためだと思うと、二人を比べて条件のいい人をと考えちゃうの。
ユキちゃんに苦労させたくないのよ」
「そうだな。ユキちゃんには幸せになってほしい気持ちは、伯父さんと同じだよ」
ちいちゃんの肩に手をおきながら語りかける脩平さんの声は優しくて、そうだねとうなずくちいちゃんの顔は穏やかなものだった。
言い合いもするけれど、仲直りも早い。
「いいな、仲良くて」
「でしょう?」
しれっとしてこんなことを言うようになったのだから、結婚の力は偉大だ。
腕に抱いた大空くんを見つめる二人の顔は、幸せそのものだった。
私も、ふたりのようになれたら……
西垣さんが進める準備は、私たちの将来に関わることに違いない、前向きに考えよう、そう思って待つことにした。



