冬夏恋語り



次も、ぜひ頼む……と、顔を寄せてささやき、恋雪の肩に手を置いたとき、彼女の肩越しに高校生の姿が見えてとっさに手を引いた。

と同時に、聞き覚えのある声が背中から聞こえてきた。



「こんなところでデートですか」



振り返ると、北条愛華が講義室の入口に立ち、こちらを睨んでいた。

後方の彼も気になり、視線を後ろへ向けた。

恋雪の弟、翔太君が後ろのドアから入りかけて足を止めていた。

北条愛華は翔太君に気がついてない、が、翔太君は不穏な空気を感じ取ったのか立ち尽くしている。

困った……というのが正直な思いだった。

今の講座には参加していない北条愛華が、どうしてここにいるのか考えた。

おそらく、講師が恋雪と知ってやってきたのだろう。

俺はなにを言われても構わないが、恋雪と翔太君に嫌な思いをさせたくない。

極力抑えた声で彼女へ語りかけた。



「変なことを言うな。講師の先生に失礼だ」


「講師は先生の彼女でしょう? 公私混同していいんですか?」


「あのなぁ」


「麻生恋雪先生かぁ……お稲荷さんで先生、こゆき、って嬉しそうに呼んでましたね。

深雪お姉ちゃんの次は、こゆきさんだって。笑っちゃう。ゆきって名前が好きなんですね」


「北条さん、ここでする話じゃない。あとで……」


「私は、いま話したいんです。

深雪お姉ちゃんの赤ちゃん、先生がパパかも知れないのに、知らん顔ですか。

信じられない!」



廊下から 「パパだって」 と言い合うひそひそ声が聞こえてきた。

ほかにも学生が残っていたらしい。



「君には関係ない」


「ですね。私、深雪お姉ちゃんと親戚でもないし、ただの知り合いのお姉ちゃんだし。

偶然、ファミレスで先生とお姉ちゃんの別れ話を聞いただけですから」



別れ話だって……と、ささやく声がした。

複数の女子学生が、廊下でこちらの話を聞いているのだろう。

北条愛華は、それを知りながら話をしているのだ。



「修羅場って初めて見たけど、みっともないですね。

先生、深雪お姉ちゃんに言われっぱなしだったし、なんか可哀そうだったな」


「可哀そうだと思うなら、そんな話、やめてくれないか。

それに、話さないって約束だっただろう」


「先生に口止めされたから、ずっと黙ってたけど、ここは誰もいないからしゃべってもいいでしょう?」


「彼女がいるじゃないか」


「彼女さんは、知ってるんでしょう? 先生と深雪お姉ちゃんが婚約していたこと。

子どもがいるの、知ってますか?」



黙って聞いていた恋雪の顔が、明らかに変わった。

さぞ不愉快だろう、こんなことを聞かされるとは思ってもみなかっただろう。

出張講座を引き受けなければ、こんな目に合わなかったのだ。

恋雪まで巻き込んでしまった……

そして、後ろで聞いている翔太君も……



「そういうことじゃない。君は約束をやぶって」


「約束ってなんですか? 覚えてないな」



しらじらしい顔でうそぶく北条愛華へ、一歩踏み出した俺を止めたのは恋雪だった。



「愛華さん、深雪さんの赤ちゃんは、男の子? それとも女の子?

名前を知ってる?」


「しっ、知ってるけど……」


「教えて」


「ミズキちゃんだけど……それがなによ」


「深雪さんのお子さんは、ミズキくんという男の子だってこと、愛華さんは知らなかったみたいね」


「えっ?」



俺と北条愛華は、同時に声をあげた。

ミズキ君って、子どもは男の子?



「北条愛華さん、あなた、本当のことを知りもしないで、西垣先生を脅したでしょう。

それって脅迫よ、罪に問われるのよ、わかってる?」



恋雪の迫力に、北条愛華はあとずさった。

廊下から 「脅迫だって」 とひそひそではない声が聞こえてきた。