冬夏恋語り



新年会からひと月が過ぎたが、深雪が産んだ子どもの父親は誰なのか、いまだ確かめられずにいる。

事実関係がわからず胸の内はもやっとしている。

それでも恋雪と変らぬ付き合いを続けていられるのは 『恋雪食堂』 のおかげだ。

食事は大事である、朝食は抜いちゃだめだと、俺が気安く足を運べるように声をかけてくれるのだ。

毎日顔を合わせて食事をしているが、俺も恋雪も子どもの父親問題については話題にしない。

白黒をはっきりさせたいと思いながら、このままでもいいのではないかと思ったりもしている。

深雪は新しい人生をはじめているのだから、いまさら蒸し返す必要はないではないか。

その方がお互いのためによいのだと、そんなふうに思うようになってきたこの頃だ。





今日の講義室は、立ち見までいる賑わいだ。

最前列に陣取った男子学生たちは、講師に熱い視線を送りながら講義に集中し、講義室後方の壁には大学見学の高校生がずらりと並び、みな熱心に前方を見つめている。

俺の講座で好評だった 『妻訪婚』 の回より学生を集めているのは、出張講座に招いた女性講師である。 


演題 『包む文化と日本の美意識』 講師 『麻生恋雪先生』


教壇の脇に張りだされた紙を眺めながら、俺は密かにほくそ笑んだ。

出張講座の講師を頼みたいと恋雪に告げた時の反応は 「絶対無理」 だった。

人前で話なんてとんでもない、学生の前で緊張して口ごもったら 「武士さんに恥をかかせてしまうから」 というのが断りの理由だったが、接客で日々人に接しているのだから大丈夫だと説得した。

ひとりの客に接するのが複数になっただけだ、専門分野を語るのだから難しいことではない、君になら絶対できると口説いた。

それでも頑なに、できない、無理だと言い続けていた恋雪が出張講座を引き受ける気になってくれたのは、ご隠居さんたちの後押しがあったから。



「日本文化を若者に伝えるのは、年寄りより学生さんに近い年齢の人がよい」


「どうして若い方がいいんですか? 人生の先輩の方が適任だと思いますけど」



ミヤさんへ聞き返す恋雪の言葉は後ろ向きだったが、さらなるご隠居さんたちの説得に少しずつ気持ちが傾いてきた。



「どうしてかって? そりゃぁ、親近感をもつからさ。

年寄りの言葉はどうしても説教くさくなる、若者には響かない。恋ちゃんの方が適任だよ。

なぁ、ヨネさん、そう思うだろう?」



「うん、ミヤさんの言う通りだ。

それに、大学は元気な若い男性が多い、若くて綺麗なお姉さんが講師になったら、熱心に聞くだろうね。

恋ちゃんは接客のプロだ、人を惹きつけるのはお手のものだ」


「いえ、それほどでも……」


「恋ちゃん、店の宣伝にもなるよ」



尻込みしていた恋雪も、褒められ、諭され、ハルさんから 「店の宣伝になる」 と言われてその気になった。

そうなると俄然頑張るのが彼女だ。

資料作成から当日持ち込む道具まで吟味を重ね、俺の手伝いも断って熱心に準備を進めてきた。

そして今日、堂々とした講師ぶりを発揮している。



「風呂敷包みの実践をいたします。手元をご覧ください。結び目は……」



手元を写した映像がスクリーンに映し出され、学生たちは恋雪のマイクの声を聞きながら彼女の手の動きに注目する。

細く美しい指が平面の風呂敷を立体に変えていくさまは、何度見ても惚れ惚れする。

実践のあとは黒板に名称を書きながら、細かい説明があった。

チョークで字を書く作業は、慣れていなければ難しいものだが、達筆な恋雪の文字はチョークでも美しい線を描き出す。

講義室最後部で講義の様子を見守る俺の耳にも、恋雪の文字の美しさに感嘆する声が聞こえてきた。



「おまえの姉ちゃんって、すごいな。大学の先生もやってるの?」


「今日だけだよ。ここの先生に頼まれたんだって」



おまえの姉ちゃん?

声の方を向くと、声の主がこちらを見るのと同じタイミングだった。

恋雪の弟、翔太君が俺を見て頭を下げ、それへ片手をあげて軽く挨拶を返した。

今日が彼の高校の見学日だったとは、なんと奇遇だろう。

姉さんの出張講座を見た彼は、どんな感想をもったのか、聞くのが楽しみだ。

夕方 『麻生漆器店』 によって翔太君に話を聞こう。




そのあと恋雪を誘って食事に行って、部屋に戻ってコタツで語り合って……

まだ、時間の半分も済んでいないのに、今後の予定を立てて浮かれていた。

そのあと、大変なことが待っているとも知らずに……