冬夏恋語り



「武士さん、起きて……たけしさん」



誰かに名前を呼ばれた気がしたが、お袋か、それとも義姉さん?

いや、お袋は 「武士」、義姉さんは 「武士君」 と呼ぶ。

誰だろう……あっ!

声の主がわかり、布団を蹴飛ばした。



「やっと起きた」


「……ごめん。店に行く時間?」


「寝ぼけてます? 私、今日は休みですけど」


「あっ、そうだ、初詣に行くんだっけ」


「思い出した?」


「うん……」



眠い目をこすりながら布団から立ち上がり、洗面所に向かう俺の背中に恋ちゃんの声が飛んできた。



「武士さん、コーヒーはブラック? それともラテ?」


「うーん、ブラックで」


「わかった」



もうずっと前からそうしているように、彼女はとても自然に 「武士さん」 と口にする。

いきなり名前を呼ばれ、足がもつれるほど驚いた初商いの日から2日が過ぎた。

今日は、彼女の休日に合わせて初詣に行こうと約束していた。

俺はいまだに 「こゆき」 と呼べずにいる。

そして、その日から 「恋ちゃん」 とも呼んでいない。

彼女と一緒の時は、そばにいて名前を呼ぶ必要がないのをいいことに、うやむやにしている。

きっかけを待っているが、その機会はなかなか訪れない。


恋ちゃんには、気持ちの区切りをつける出来事があった。

元旦、早々と初商いを行うショッピングモールに出かけた彼女は、貴之さんのお姉さんと偶然会った。

そこで、ある事実を聞かされた。

先月、貴之さんの会社の後輩の女の子が、三回忌のお参りをさせてくださいと家に来たそうだ。

仏壇の前で手を合わせたあと、彼女は貴之さんの家族に秘めてきた思いを伝えた。

南田貴之さんを好きでしたと……

当時、貴之さんには交際中の人がいると知っていたけれど、どうしても自分の気持ちを伝えたくて、貴之さんに告白したそうだ。



「彼、その子に、少し待ってくれと返事をしたそうです。

待ってって、どういうことだと思います?

私と別れて、その子と付き合うつもりだったんじゃないかな。

だからあのとき私に、じゃぁ、別れようか、なんて軽く言えたのよ。

お姉さんも、そう考えたみたい。

告白されて、貴之の気持ちに変化が生まれたのね。きっとそうよ。

恋雪さん、あなたもこれで気持ちが楽になったでしょうって。

ねぇ、気持ちの変化って、その子を好きになってたってことでしょう?

とっくに心変わりしてたのよ、彼。

私が作る料理がどうとか、皿数が多いとか、そんな理由じゃなかったんだってわかったら、バカバカしくなっちゃった。

そう言う私も貴之に不満があったから、別れようって言われて、はい、って即答したんですけど。

私たち、どっちもどっちだったんです。

あぁ、もう、南田貴之に振り回されるのはやめよう、さっぱり忘れてやるって、元旦に決めたの」



スッキリ気持ちの整理ができたのだと、恋ちゃんは清々しい顔で俺に話してくれた。

その気持ちが、「武士さん」 と言わせたのだろう。