冬夏恋語り



洋風の家が建ち並ぶなか、その家は黒光りの瓦屋根が印象的だった。

屋根は大きく張りだし威圧的で、いかにもあのおばさんが好みそうな家だ。

家の構えからして挑戦的だ。

だからなんだ、ひるむものか!

と、勇んでやってきたのに、表札の文字が目に入った瞬間、足が止まった。

木目も立派な表札には 『南田』 とあった。

今度は南か……

恋ちゃんの婚約者の貴之さんは南田、深雪をかっさらった男は東川、そして俺は西垣。

どれも方角にちなんだ苗字であり、因縁を感じた。

すでに東に負けている、南にも……

いや、気にしすぎだ、東だろうが南だろうが関係ない。

「交渉事は慣れてるからさ、任せてよ」 と、恋ちゃんに大見栄をきったからには、引き返すわけにはいかないのだ。

門前に立ち、気持ちを落ち着かせるために深呼吸をしていると、 立会人であるミヤさんこと宮元さんに 「タケちゃんが緊張してどうする」 と笑われた。


今日のことは、『麻生漆器店』 特別会員のみなさんにも相談にのってもらった。

俺が頼りにするハルさんをはじめとするご隠居さんたちから、「タケちゃん、よくぞ決断した。恋ちゃんを頼む」 と応援をもらっている。

ミヤさんに介添え役をお願いできないかと話したところ、二つ返事で引き受けてもらった。

心強い味方とともに、これから交渉に挑む。

緊張した面持ちで恋ちゃんがインターホンを押すと、待つほどもなく貴之さんの母親が出てきた。

決して大歓迎といった顔ではなかったが、「お待ちしていました」 と我々を家に招き入れた。



「おじゃまします。いやぁ、この辺は静かないいところですね。

また、こちらのお屋敷の立派なこと。黒い瓦屋根と聞いておりましたが、遠くから一目でわかりました。

あがり框も良い材料をお使いだ。風合いが素晴らしい」


「主人の父がこだわって作った家です。框や柱一本まで吟味した物と聞いております」



いきなり始まったミヤさんの 「褒め倒し作戦」 に、貴之さんの母親から思わず笑みがこぼれる。



「ほぉ、お父上が建てたお屋敷ですか。それにしても手入れが行き届いていらっしゃる。

屋根瓦は特別な物をお使いでは? ひょっとしてあの……」



ミヤさんが口にしたのは高級瓦の特別品で、「えぇ、そうです。産地から取り寄せたんですよ。最近葺き替えたばかりで」 と、母親は先ほどよりさらに笑顔で応じた。

常日頃 「褒められて嫌な人間はいない。苦手な相手に近づこうと思ったら、褒めて褒めて褒めちぎることだ」 と口にしているミヤさんは、ここでも積極的に話しかけ、瞬く間に貴之さんの母親を懐柔してしまった。

その効果は絶大で、客間に通され、あらためて挨拶をした俺たちへの対応も柔らかく、硬い表情で同席していた貴之さんの父親も家を褒められて上機嫌だった。

また、ミヤさんこと宮元さんは、「宮元電気商会の」 と名のると 「市議会議員の宮元さんですか」  と驚きの声が上がり、



「みなさんのご支持をいただきまして、四期務めさせていただいております」



ミヤさんの謙虚な返事に、南田夫妻は感心しきりで、この時点で夫妻の信用を勝ち取ったといっても良い。

とはいえ、「西垣といいます。恋雪さんの親しい友人です」 と挨拶した俺は警戒されるだろうと身構えていたが、「先日は失礼いたしました」 と母親から一言あったのだから驚きだ。

俺たちにとっていい雰囲気の中、恋ちゃんが 「貴之さんのお父さんとお母さんに、大事なお話があります」 と切り出した。