「さっきの話だけど」
「もうやめませんか。西垣さんとケンカしたくないし」
「うん、俺も恋ちゃんとケンカしたくない……けど、やっぱりこのままじゃいけないよ」
「わかってます……」
「どうせ勘違いされてるんだ、このさい勘違いを利用させてもらってさ」
「勘違い?」
話を終わらせようとする恋ちゃんへ、ゆっくり話しかける。
感情的になってはいけない、落ち着け……
「ただ指輪を返すより、恋ちゃんに交際相手がいたら、話が早いだろう?」
「ええっ、あっ、あの、交際相手って……西垣さん?」
「そう。あのおばさんの俺を見る目は、誰だコイツってカンジだったでしょう。
恋ちゃんが息子以外の男と付き合うなんて、思ってもみなかったんだろうね。
その勘違いを利用させてもらって、話を進めようか。
俺さ、自分で言うのもなんだけど、交渉事は得意だよ。話すのが仕事だから慣れてるしね」
「ですね、大学の先生だし」
「そう。それに、手強い相手には燃えるね。
相手が常識も通用しないおばさんならなおさらだ。
負ける気はしない、絶対勝つから」
「勝ち負けなの?」
「これは勝負だから、絶対に負けられない」
恋ちゃんの顔に好奇心が浮かび 「楽しそうね」 と嬉しい反応があった。
俺の提案に興味を持ってくれたらしい。
身を乗り出してきた彼女へ、「これからの予定」 を話して聞かせた。
まず、愛華さんに何もかも打ち明けること。
彼と別れるつもりだったこと、ずっと自分を責めてきたことも、全部話すようにと言うと、はい、と静かな返事があった。
彼のご両親に話に行くとき、ご隠居さんたちの誰かに付き添ってもらってはどうかと提案した。
「第三者に同席してもらった方が、トラブルになりにくい。
ミヤさんに頼もうかと考えてるんだ。あの人、押しが強いからね」
「ふっ……ですね」
やっと笑ってくれた。
そばに来たタァー君を膝に抱き、それから? と次の催促があった。
「おそらく、愛華さんが一緒にいくと言い出すだろうけど、家で待っててもらった方がよくないかな。
恋ちゃんはどう思う?」
「その方がいいですね。愛ちゃんとあのおかあさん、絶対言い合いになりそう。
どっちも強情だから、似たもの同士ですね。愛ちゃんには、私から話します」
からまった糸がほどけていくように、俺も恋ちゃんも言葉がなめらかに出るようになった。
「あとは、明後日、俺が帰ってきてから話を詰めよう」
「わかりました」
「今夜、大丈夫?」
今夜は泊まろうか、と喉まで出かかったが、言葉を押し戻した。
本物の恋人ではないのだから、うかつに言ってはいけない言葉だ。
「大丈夫、ミューちゃんもいるから」
「ミューで頼りになるかな」
「タァーも一緒だから。男の子だから頼もしいですよ」
それは俺に言って欲しかったなと、心の奥でそっとつぶやいた。
笑顔に戻った恋ちゃんと、真夜中のコーヒーを飲みながらそれから一時間ほど話をして、自宅に帰ったのは深夜2時過ぎだった。
冴えた目を無理やり閉じて、眠りについたのは明け方、8時発のバスに乗り遅れる寸前、慌てて乗り込んで、目的地までの2時間半、たっぷり寝た。
出張は今日の夕方まで。
予定では今夜もこっちに泊まって、明日帰るつもりでいたが、最終のバスに間にあえば帰り着けるのではないか。
最終のバスに乗るには、北野さんの家を遅くとも5時には出て、レンタカーを返して……
夕方までの予定を修正しながら田舎道を走る。
最近できた山越えの道は、街中の二車線にも負けない広さがあり、対向車もこない道は快適だった。
家の前で待つ北野さんが見えてきた。
恋ちゃんの顔をひとまず仕舞い込んで、仕事のファイルを頭に広げた。
窓を開けて 「こんにちは」 と叫んだ。
待ちくたびれた顔も見せず、北野さんは大きく手を振ってくれた。



