冬夏恋語り



運転に疲れた足腰を伸ばすように、大きく伸びをして野山を見渡した。

稲刈りのあとの田んぼは寂しげで、用水路の土手に生えたススキは寒々しく風になびいている。

そんな寂しい景色でも、ここには冬の風情がある。

師走の風を感じたくて、もう一度背伸びをした。


大学の常勤になってから、地方へ行く機会がめっきり減った。

ときどき、無性に農村部の空気が恋しくなる。

ここでは、行きかう人はみな気さくに挨拶をかわす。

町では顔が会っても頭を下げる程度、それさえもないことの方が多い。

町の暮らしは快適だが、人との関わりが希薄だ。

だから 『麻生漆器店』 に集う人々との会話や、『小料理屋 なすび』 のおかみさんと客の、距離の近い掛け合いに気持ちが安らぐのだ。


車の音が聞こえてきて、道の脇によけた。

近づく軽トラックの運転席から笑顔が見えて、見知った顔に出会ったことが嬉しかった。

路肩に車が止まり、人が降りてきた。



「前田さん、ご無沙汰してます」


「西垣先生、久しぶりだね。今日は仕事?」


「北野さんのところに行く途中です。古い書付を見せてもらう約束です」


「あぁ、それで」


「はぁ?」


「北野のおじいさん、家の前の道端で待ってたよ。先生が来るのが待ち遠しいんだろう」



年寄りは気が早いからね、早くから待ってるんだよ、という前田さんも結構な年だ。

あそこの息子の奥さん、先月入院したんだよね……知っていたかと聞かれ、首を振った。

長びきそうで大変だって息子が言ってたよと、訪ねる前に北野家の近況を前田さんから聞いた。

ここでは、良くも悪くも情報は筒抜けだ。

ときには他人の家の問題に首を突っ込みすぎてトラブルになったりもするが、それよりも助け合う方がはるかに多い。

近寄りすぎず、けれど町の人々より近い関係を上手い具合に保っている。

人が少ない農村部では、みなが助けあい支え合って暮らしているのだ。

俺もずいぶん世話になった。



「先生、結婚したんだっけ?」


「はぁ、いろいろありまして、まだです」


「そりゃ親御さんも心配だ。選びすぎるのも、どうかねぇ、ほどほどがいいよ」


「そうですね。じゃぁ、北野さんが待ってるので、そろそろ行きます」



人生の先輩の話はありがたいが、長くなりそうで、上手くかわして話を切り上げた。



「引き止めて悪かったね。早く行ってやって」


「はい。前田さんもお元気で」



時間があったらウチにも寄ってよと、社交辞令ではない誘いも嬉しい。

「待ってるよ」 と手を挙げて軽トラに乗り込んだ前田さんを見送り、もう一度伸びをして車に戻った。


恋ちゃんは、姉の愛華さんにちゃんと話せただろうか……

懐かしいこの土地へ来ても、恋ちゃんの顔がちらちらと浮かんでくる。