卵の色がまたなんともいい、こんにゃくにも出汁が染みわたっているね、美味しいよと、繰り返したあと話題を振った。
「彼の従兄弟との縁談話、断ったんだ」
「『なすび』 でお義兄さんに相談したら、そこまで義理立てすることはない、断りなさいと言われました。
私も、彼の従兄弟となんて、そんなつもりはなかったから、断るなら早い方がいいと思って、次の日に家に行ったんですけど。
おとうさんしかいなくて……」
折を見て妻に話をするからと言われたのに、いまだ伝わってはいなかった。
感情的になる直情型の奥さんに断りの返事を伝えるのは、長く連れ添った旦那さんでも躊躇うのだろう。
わからないでもないが、それでは恋ちゃんの返事は保留と同じだ。
「さっき名前がでてた、貴之さんが彼だね。もうひとり、えっと、良行さんというのは?」
「彼のお姉さんの旦那さんです……私、お姉さんにも話したんですよ」
「従兄弟との縁談を断ったこと?」
「いえ、彼と別れるつもりだったこと……
彼の四十九日が終わったあと、形見だからと婚約指輪を渡されたの。
でも、私はもらえないと思った。
だって、別れるつもりだったのよ、彼だって、私に渡すつもりはなかったはずだから。
だけど、その場では言えなくて。
だからお姉さんに言ったんですけど、まだ親もショックが大きくて話せない。
少し待ってと言われてそのまま」
「えっ、そのまま? そんな大事なこと、なんでほっとくんだよ。
三年もたってるのに、どういうつもりだよ」
彼の父親も姉も、恋ちゃんを思いやるより、母親に語ることを恐れて話をうやむやにしていたのだ。
さっきの会話でもわかるが、あの人は、すぐ感情的になる、相手の話を聞かない、思い込みが激しいなど、三拍子も四拍子も欠点がそろっている。
できるなら母親の感情を乱したくないのだろうが、それにしても三年も保留にするなんてあんまりだ。
「恋ちゃん、こうなったら言うべきだよ。すぐにでも行って話をしよう。
待ってたらいつになるかわからない。俺がついていくから」
箸を置き、これから話し合いに行こう、と立ち上がった俺を恋ちゃんが止めた。
「待って」
「いつまで待つつもり? 時間はどんどん過ぎていくんだよ。いつまでたっても」
「わかってます」
「だったら」
「とにかく座ってください」
腕を引っ張られ、無理やり座らされた。
「もうこんな時間ですよ。非常識だって、こっちが怒られます」
時計は21時を指している。
確かに、家を訪問する時刻ではない。
「はぁ……俺もあの人と似たりよったりだな……カッとなった、ごめん」
「そんなことないです。ビール、飲みませんか?」
「うん。頭を冷やした方がいいね」
「ふっ、そうかも」
冷えたビールで乾杯する。
熱くなった体も頭も、一気に冷えた。
一本飲み終えて、二本目のビールもあっという間に飲みほした。
俺も恋ちゃんも、ビールを片手に、しばらくおでんを食べることに専念した。
三本目もそろそろなくなりそうだが、酔いを感じない。
恋ちゃんの顔色も変わらない。
今夜は酔えない酒になりそうだ。
「私も悪いの」
「うん?」
「私があんなこと言ったから」
「あんなことって?」
「彼、別れるつもりなんかなかったのかも。
冗談で、別れるか、って言ったつもりだったのに、私がウンって言ったから、思わず川に飛び込んだんじゃないかって、そう思ったら……」
「まさか」
「私が、ウンって言わなかったら、彼、生きてたのかな。
ご両親も辛い思いをしなくてよかったのにって、思うことあるんですよね」
「そんなこと考えちゃダメだ。恋ちゃんのせいじゃない」
淡々と話す声は静かだったが、彼女の目から涙がこぼれていた。
「あれ? どうしたんだろう。なんか、変だな。どうして涙がでてくるのかな」
ごしごしと目をこする彼女の手を、手を伸ばしてつかんだ。
目の周りは赤く腫れ、痛々しい肌をさらしている。
「西垣さん、私、変かも……」
苦しそうに訴える目を見ていられなくなり、つかんだ手を離した。
「もう一度、顔を洗っています」
そう言うと、立ち上がり歩き出したが、急に酔いに襲われたのか足がもつれて転びかけた。
さっと立ち上がり、背中から抱き止めた。
恋ちゃんは、この三年間自分を責め続けていた。
彼女の力になるにはどうしたらいいのだろう。
力なく体を預ける恋ちゃんを抱きかかえながら、俺にできることを考えた。



