さて、この場をどう納めるか。
言ってもわからない相手に、これ以上言うことはない。
感情的な言葉の応酬は解決には至らない、時間をかけるだけ無駄だ……などと考えられるほど俺は冷静だった。
怒りで顔を真っ赤にした母親と蒼ざめた恋ちゃんの間に立ち、言葉を一気に吐き出した。
「今夜はお引き取りください。大きな声を出されては迷惑です。
感情的になっては、話し合いはできません。お帰りください」
「あなたには関係ないでしょう。私は恋雪さんに話が」
「お帰りください!」
脱いだ靴を再びはき、玄関ドアを開け、その人の背中へ手を添えて体を押し出した。
乱暴にならないよう、出来るだけ穏便にと動いたつもりだ。
「外は暗いので、大きな通りまで送ります。それともタクシーを呼びましょか」
「結構よ!」
案の定、その人は俺を睨み付けると、俺の申し出を断って走り去った。
バタバタと走る音が遠くなる。
足音が消えるのを確かめて、玄関を振り向いた。
「すみません……」
震える肩に手を置こうか、やめておこうか、たっぷり考えて、彼女を支える方を選んだ。
肩を抱いて玄関に入り、無言で靴を脱ぐ。
恋ちゃんはスリッパのまま飛び出していた。
脱がなくてもいいスリッパを懸命に脱ごうとする姿が、可哀そうでならなかった。
震えが止まらない彼女の手をとり握りしめた。
「大変だったね」
「あんなこと言うつもり、なかったのに……」
「うん」
「我慢しようと思ったのに、言わなくていいことまで言っちゃった」
「言って良かったんだよ」
「でも……」
恋ちゃんの足元にしゃがみ込んで、手を添えてスリッパを彼女の足に戻した。
「一緒にいようか? それとも帰った方がいいかな」
「あっ、あの……ご飯、食べて行ってください」
「いいの?」
「すぐ支度しますね」
「ゆっくりでいいよ」
涙をぬぐいながら、無理に笑顔を作る恋ちゃんへ笑顔を返した。
俺はどうしてこんなに落ち着いていられるのだろう。
きっと似たような場面を経験したからに違いない。
『どんな経験も生きる糧になる、人生に無駄はないんだよ……』
着物を粋に着こなすケンさんの言葉が、頭の中でこだました。



