冬夏恋語り



ドアが開いた途端、その人のおしゃべりはじまった。

こんばんは、と伝えた恋ちゃんの顔もろくろく見ず、手にした大きなビニール袋を覗き込みガザガザと探りながら、押しの強い口調で一方的な言葉が続く。



「ドアをすぐ開けちゃ不用心でしょう。

恋雪さん、女のひとり暮らしは狙われるのよ、気をつけなさい。

良行さんがサザエをもらってきたんだけど、ウチは誰も食べないの。

もったいないじゃない。

恋雪さんにおすそ分けと思って……あら、弟さん? じゃないわね、お客さま?」



「あっ、ありがとうございます」


「あら? その人、どこかで……」



恋ちゃんの亡き婚約者の母親は、ずかずかと玄関に入り込み怪訝そうに俺を見た。

足元にやってきた恋ちゃんの猫が鳴き、声に反応したミューがゲージの中で騒ぎだした。

無遠慮な目を向けられ、俺から名乗るのも癪で 「こんばんは」 とだけ挨拶をして、ゲージからミューを出してやった。

2匹はじゃれ合いながら部屋の方へ走って行った。



「あなた、恋雪さんのお店にいたわね」



この人が 『麻生漆器店』 にやってきたとき、店の中にいた人のことなど気にも留めず、言いたいことだけ言って帰って行ったと思っていたが、俺の顔は記憶に残っていたらしい。



「あっ、こちらはお店のお客様で……」


「店の客が、どうしてあなたの部屋にいるの。

男の人を部屋に入れるなんて、誤解されるようなことはやめなさい。

あなたのためにならないのよ」  



恋ちゃんは、言われるまま言い返すことなくうつむいているが、おせっかいな忠告を我慢して聞いているだろうことが、ギュッと握られた拳からわかった。

息子が亡くなり、残された彼女の暮らしが気になるのはわかるとしても、日々の生活や行動にまで口を出し、指図することはないだろう。

それとも、俺が悪い男に見えて、彼女をたぶらかしたとでも思ったか。

もっとも、この状況ではそう思われても仕方がないか。

俺はこの人にどう思われようと構わないが、恋ちゃんはそうはいかない。

なんとか誤解をとかなくては。

怒りをみなぎらせている相手には、冷静に対処するに限る。

怒りだしたら始末に負えなくなる。



「僕は恋雪さんの友人です。猫を預かってもらうためにきました」


「猫を預けるのに、わざわざ部屋に入ることはないでしょう」


「誤解されているようですが、僕が部屋にあがったのは、猫のベッドを設置するためです。

失礼ですが、どちらさまでしょう」


「どちら様ですって? 人に尋ねるまえに自分の名前を言いなさいよ。失礼な人ね」


「そうですね、失礼しました。西垣と言います」


「西垣さん、あなたねぇ、猫のベッドの設置なんて、よくも見え透いたウソがつけるわね」



俺は名乗ったのに、その人は名前を言うどころか、俺をうそつきだと決めつける。

ここで怒ったら負けだ、腹にぐっと力を入れて怒鳴りつけたい感情を抑え、ウソではありませんと、声を絞り出した。



「まぁ、しらじらしい。恋雪さん、あなたも……」


「ウソじゃありません。本当です」



黙っていられなくなったのか、恋ちゃんが俺をかばって前にでた。

本当です、信じてくださいと懇願するが、その人はまったく聞こうとしない。



「そう、わかったわ。よーくわかりました。

猫を預かるくらい親しい人とお付き合いがあったのね。

それならそうと言えばいいのに、こそこそしなくてもいいでしょう」


「こそこそなんてしてません。西垣さんは、本当にウチのお客様で」


「ただの店のお客を家に呼ぶの? 恋雪さん、あなたどういうつもり?

弘樹を紹介したのに、何の返事もないからきてみたら、こういうことだったのね。

良かれと思って紹介したのに、まさか、こんな形で裏切られるとは思わなかった。

貴之も、あの世で悲しんでいるでしょうね」


「従兄弟さんのことは、お義父さんにお伝えしました」


「私は聞いてません、いい加減なこと言わないでちょうだい」


「本当に言いました。お義父さんに確かめてください」


「ウソよ、出まかせを言わないで」


「ウソじゃありません。せっかくのお話ですが、お断りさせていただきますと、ちゃんとお話ししました。

落ち着いたらお義母さんへ話してくださるとおっしゃっていたので」


「あなた、断ったの? 貴之の従兄弟なのよ、どこに不満があるの。信じられないわ」



怒りに満ちたこの人へ、何を言ってもわかってもらえないだろう。

ドアの外の廊下を歩いていく足音が聞こえてきた。

隣近所にも、こっちの声が聞こえているはずだ。