「どちらにせよ確かなのは、当初、警察もバスソルトだと確信したほどに、この事件以前から、バスソルト吸引による噛みつき事故がアメリカで多発していた訳だ」

クリスがバスソルトの粉末の入った小袋を手にして言う。

しかし、そんな残虐化するドラッグを、何故それほど多くの人が求めるのだろうか。

「危険ドラッグ全般に言える事だが、簡単に作れて安価な上、吸引してすぐ、脳内でドーパミンが溢れ出て、とてつもない多幸感が得られる」

「多幸感?」

巽が問い返す。

そこへ。

「卑近な例でいえば、千円拾っただけで1億円の宝くじと同じ喜びを得られる。カップラーメンで5つ星レストランと同じ喜びを得られる。どんな相手でも世界一の美女とセックスしている喜びを得られる」

ブルーのスリーピーススーツを纏った男が、事務所に入ってきた。

倉本 圭介(くらもと けいすけ)。

警視庁捜査一課所属、巽と同じ特殊な位置付けの捜査員だ。

「その代わり、本能が異常なまでに解放される。性欲だったり食欲だったり攻撃性だったり、本能のどの部分が一番強く解放されるかは、ドラッグの種類による…バスソルトは、そうしたドラッグの中でも多幸感を非常に強く得られる代わりに、攻撃性が異常に激しくなり、人の顔に噛みついたりする」