“6月23日 はれ
今日は、ソラちゃんとミューのこうかん日記のはじめの日!
ソラちゃんは少女しゅみっていやがるけど、
きっとおへんじくれるって、ミューは知ってるよ!
大すきなソラちゃんへ、
明日もまたいっぱいあそぼうね!!
ミューより“


僕は思わず笑みをこぼす、そうだった。
ミューがこのノートを持ってきた時のこと・・・。

『ねぇ、ソラちゃん、交換日記しよう!』

『えー嫌だよそんな少女趣味なこと!』

『でもね、好きな人同士は、ラブレターの交換をするんだって!パパに教えてもらったの!』

『知らないよ、そんなこと・・・』

『ね、お願い!』

あの時のミューのキラキラした顔。
僕は渋々この交換日記をさせられるハメになったんだっけ?僕はフッと笑って、パラパラとページをめくった。


“7月7日 はれ
きょうは、みきちゃんのたんじょう日パーティーたのしかったね!
けど、みきちゃんにそらちゃんとあんまり仲よしにしちゃだめだって。
そらちゃんはコーキョーブツなんだって・・・“


そこまで読んで、僕は日記から顔を上げた。
そうだ、あの頃、そこまで気になどしていなかった、彼女はいつも僕と一緒で、他の女の子の友達と一緒に居る所なんて見たことがなかった・・・

今になって考える。
もしかしてイジメられてたのか、今となってはわからない。

そんな過去を振り返るのも、今更だ。それに、思い出すのは彼女の優しい笑顔だけだった。


“7月15日 はれとくもり
きのうはごめんね、せっかくあたたかくなってきたのに、
なんだかとってもしんどくて、
やくそくのあのばしょにいけなくて。
今日はちょうしがいいから、またあしたあそぼうね!
ミューより。“


そう、彼女は昔から体が弱く、時たまこういうことが起こっていた。
そんな日も、彼女は日記をかかさなかった。

そういう時は決まって日記は家のポストの中に投函されていた。
きっと彼女の世話役のセバスチャンだろう。

セバスチャンというのは、もちろん、彼女がつけた名前だ。
体の悪い彼女は、あの秘密の楽園に時々車イスに乗ってやって来ることもあった。

その時には決まって、世話役の彼が同伴していた。もちろん、生粋のアジア人だったけど。別に年寄りでもなく、顔立ちの整った美形で、年は30代前半ぐらいだろうか?

とても寡黙な人だったが、無邪気に遊ぶ僕たちのことを、ただ優しそうな顔で見守っていたっけ・・・懐かしくなって思わず目を閉じる。

そうすると、あの時の情景が感じられる様だったからだ・・・仰向けに寝転がると、心地いい風が髪をすき、片目で隣をのぞき見ると、ミューが雲を指差している。

『みて、うさぎ!』

そうやって始まるいつもの連想ゲーム。
本当に、何でもない、何にも起こらない、平凡な時間。

だけど、あの時間だけが、それだけが世界で一番幸せなことだと信じていた。
僕は夢中でページをめくり続けていた。


“8月9日 はれ。
空のとびかた。
地きゅうの空気を全部ぬいて、しんくうにする!
んで、手足をバタバタして、泳ぐように空をとぶ!!
↑空はこうやってとぶんだぞ!!“


“8月10日 はれ。
空のとびかた。
目を閉じて、心の中で空をおもうの。
↑こっちの方がすてきだわ!“


そういえば、こういう事もあったな・・・

『ねぇ、空って飛行機以外にどうやって飛べるかな?』

『う~ん』

『じゃ、その答えがわかったら、この日記に書いて提出!』

『えー?』

『私も書くから!宿題だよ?』

『うん・・・わかった!』


“空を上手に泳げる人にだけ、向こう岸の楽園に辿りつけるのよ”


そう言った彼女が忘れられない。
この言葉を思い出すたびに、僕の心の中に風が起こる。
感情がむき出しになりそうなのを必死で抑える、そんな気持ちだ。


『僕たちのどっちが一番上手に泳げるようになるか、競争な!』

『いつまで?』

『僕たちが大人になるまで!』

『大人って?』

『う~ん、にじゅっさい!母さんが言ってた、その年になったら、何でもできるような大人なんだって!』

『じゃ、約束だね』

『指きりげんまん・・・』

時計に目をやると、もうあれから2時間は思い出に浸っていたらしい。

そろそろ宿題を片付けて、またつまらない明日に向けての準備にと、僕は日記を閉じようとしたその時・・・

キャラクターのシールがめくれた部分から、小さく4つに折りたたまれた紙の端が飛び出しているのに気が付いた。

何だろう?

開けて見ると、そこには見覚えのない字が見える。

とてもきれいな字だが、か細く、今にも消えそうな字体だった―。