Summer 7th Heaven


「ここじゃ」

僕たちは今、ひんやりとした、薄暗い地下の狭い通路を案内され、突き当たりにある重みのある鉄の扉の前までやってきた所だ。

その扉は錆でほぼ赤や黄色に変色していたが、おじいさんが、脇の壁にある大そうな四角い台に手を置くと、そこに設置された、危険な形をした赤いボタンを押した。

カタカタと音を立て、以外にも扉はすんなりとスライドする。

僕たちの一番後ろでは、あれだけさっきまで意気がっていたマナトが、今や水を打つように静かだ。

おじいさんの手に持ったランタンの明りがボーっと地下を照らすほか、目新しいものがこの通路にはない分、不気味さが増していたからだ。

小さな音に敏感に反応したり、おじいさんの急な話し声にまでも小さく肩をビクつかせるのに忙しそうだった。

扉が開いた先は、文字通りの真っ暗闇。
先は全く見えない。

入口に数段の階段が設置されているのだけはハッキリと分かった。

「さぁ、遠慮せずに入りなさい」

おじいさんはそう僕たちを促したが、マナトは今すぐ遠慮したいという不安そうな顔で、シブシブ小さな階段を下り、まるでこんな冒険など予想していなかったとばかりにおじいさんに振り返る。

相変わらず、何の説明もない。

むしろ、とても嬉しそうに微笑んでいた。

僕たちは、否応なしにおじいさんが口を閉じていた訳に、今更ながら気づくしかない。

手渡されたのは仄かに光るガラス製の容器に入ったのランプ一つずつに、長靴一足ずつ。

扉の脇にすでに用意されてあったものは、そんな役に立つのかどうかもわからない代物だ。マナトは早くもケータイを置いてきたことを後悔している様だ。

百聞は一見にしかず。

いったい誰が考え出した言葉なのだろうか?おじいさんの顔からは何にも読み取れないが・・・僕の頭の中に再び一抹の不安がよぎる。

マナトの辞書にはそんな言葉が早くも渦巻いている様だった。

ランタンの明かりを付け、きちんと付くことを確認すると、マナトも慌てて右にならった。

これから向かわなければいけない先を少しの間見つめ、僕の後ろにピッタリくっついて、その肩越しに先を覗き込んでいる始末。

誰も何も話さない。

暗闇と静寂と、マナトの歯を震わせる音だけが響いていた。

その時。

後ろでガシャン、と重い扉の音がして2人同時に振り返ったが、鋼鉄の扉は閉じられた後だった。

「ちょ、じっちゃん?!」

マナトが信じられないというような顔で扉を見つめている。

貸してもらったランタンは、中に小さな蝋燭の形をした電球が一つ立てられているだけで、明りはほんの数m先までしか届かない。

一気に暗闇が僕たちをのみ込んだ。目が全く暗闇なれていなかったから余計だろう。

「大丈夫じゃ、お前さん達なら」

扉の向こう側で、おじいさんのくぐもった声が小さく聞こえる。

「何の根拠?!」

マナトの情けない声におじいさんの高らかに笑う声がかすかに聞こえる。

「そこでは暗闇こそが君たちの真の友になる。じゃ、がんばってのぉ~」

何がそんなに嬉しいのか?

おじいさんの高らかな笑い声はすぐにゆっくりと遠のいて、ついには聞こえなくなってしまった。

「マジでぇ?」

マナトは、先へと続く暗がりの方をゆっくり振り返った。

「暗闇とお友達なれる日なんてボクには来ないんですけどぉ~」

「じゃ、ゆっくりデートしてからにしよう」

そう言って、僕は歩きだした。

一番大変だったのは、道はただ単に真っすぐに進んでいるわけではないという事と、天井が突然低くなっている所が予測できないという所だ。

滑らない様に足元を照らすか、ゴツゴツと付きだした岩に頭を打たない様、頭上を照らすか、究極の選択をしながら進まなければいけない。

目が慣れてきたとはいえ、まだまだ油断できない状態が続いた。

高いだけの身長がかえって道のりを困難にし、少し気を抜くと頭をすぐにぶつけてしまう。

洞窟と言うより、古い鉱山跡地のようで、昔は何かを向こう岸に運ぶ滑車の後、細い線路のようなものが地面にそって伸びていた。

そのお陰で、真ん中を歩こうにも、両足のすぐ脇に伸びた線路につまずかない様に歩く細心の注意も必要だった。

歩き始めて一時間ぐらい経っただろうか?そう願っていたい・・・僕は後ろを振り返り、ため息をつく。

随分歩いたように感じるが、時計に目をやると、実際には15分程しか経ってなかったからだ。

僕は、ゴールの見えない道のりに早くもうんざりした。

それ以外は完璧だ。暗闇とお友達になれさえすれば・・・

心の中で、何度嫌味を繰り返しても、この状況が良くなることは一向にない・・・


・・・暗闇?


「おい、明り消せ!」

「はぁ~?お前バカかっ!この状況で明かり消したら・・・いってぇ~!!」

すぐ後ろの方で、中々いい音がしたと思うと、マナトが頭をさすりながら、涙目で明りが届く所までやってきた。僕は自分のランタンを消し、マナトの方を振り返る。

が、マナトは断固として受け入れない。

「断る!!」

「いいから、俺を信じろって」

「やだ!」

薄暗いランプをこちらに近づけながら、珍獣でも照らす様、目を細めたまま慎重に僕を観察した。

「空、お前頭イカれたか?」

「お前にだけは言われたくない言葉だな・・・いいから、寄越せ!」

そんなやり取りを繰り返していると、マナトがうっかり足を滑らせ、僕を巻き添えにして地面に激しく尻もちをつく羽目になってしまった。

マナトのランタンが、ガシャン!というけたたましい音と共に、床に叩きつけられる。

一瞬にして辺りが暗闇に飲みこまれた。

「いってぇ!このくソラ!どうすんだよっ!」

「いいから、黙ってろ!」

暫くした後、床についた手から、小さくボヤっと光が浮かび上がった。

マナトはそれに驚いて思わず体を飛びのけている。

その小さな光は、所狭しと、洞窟一面に広がっていった。

まるで宇宙に浮いているような錯覚を思わせる。圧巻だった。

「ビンゴ・・・」

僕はホッとして思わず顔を緩める、緊張が一気に溶けたのはマナトも同じ様だった。

「飛行石だーーー!」

やっといつもの冗談が出るようになったらしい・・・

「おいこれ、強力な夜光塗料だぜ!」

マナトが床を擦りながら、驚きの声を上げている。

「こっちは暗闇センサーか何かかな・・・」

僕は天井を指差してマナトを振り返った。

等間隔にまるで月明かりの様なオレンジ色の光がボォーっと灯されている。

「随分歩いて暗闇と友達になれたからな、デート成功ってわけだ。」

まだまだ薄暗いが、それでも明りなしで何とか歩ける程だった。

おじいさんの言ったヒントは、この事だったのだ。

すんなり教えてくれればよかったのに・・・

僕は小さくため息をつき、小さく笑った。

「それじゃ、面白くないじゃろが?」そんなおじいさんの声が聞こえてくる様だったからだ。

それはさて置き、これ以上、頭や尻をぶつけずに進めることにホッとしていた。

「やったな、シータ!」

「シータはお前だろーが」

「ソラはどっちかっていうと、ムスカだよね~」

「・・・いい加減、著作権の乱用はやめておけ・・・」

「待ってよ、ママ~!」

そうして、僕たちは更に30分以上歩き続けた。

やはりそんなに進んでなかったのだと納得したが、いったいどこまで続いているのか・・・

今は先頭を切って堂々と進むマナトが、突然立ち止まった。

「行き止まりぃ?!」

マナトの声が響く。
その付近を一通り眺めてから、僕は前に出て、正面の壁を調べようと手を伸ばす。

その途端、行き止まりらしい岩に体が勢いよく吸い込まれるのを感じた。

「わーーー!」

思わず転びそうになったのを、慌ててマナトが引き上げた。

寸での所で僕の服を思いっきり引っ張ることで、なんとか助かったからだ。

「なんじゃ、こらぁ~?!」

マナトが目の前にある分厚めの布をヒラヒラと何度もめくっていた。

それは、誰かが巧妙に描いた偽物の岩壁で、布に書いてあるただの絵だ。

情けない思いでため息をつくしかない。

薄暗くて気づかなかっただけで、引き込まれたのではなく、向こうに落ちそうになっただけだった。

なんという無駄な事を・・・

今日はこれ以上の冒険は勘弁してくれと願ったが、マナトは横で珍しい絵画でも見るように感心した面持ちで見入っていたので、後ろから小突いてやろうと思ったが、今は先に進む事が先決だ。

そんなマナトを無視したまま、勢いよくめくった布の向こうの側には、人が2人余裕で入れるぐらいの、何にもない空間だった。またしても行き止まりの様だ。

床は扉と同じ鋼鉄製だ。正面の壁には、”注意! ”と赤文字で仰々しく書かれた紙が貼ってある。

僕はそれを読み上げた。

”パンパカパーン!おめでとう!どうかね?暗闇と友達になれたかね?中々面白い冒険になったじゃろ?そう願うが・・・この通路には格別な思い入れを込められて創った、わし自慢の一品じゃ・・・”

ここでマナトは、絵画の布をペラペラと揺さぶって、不服そうな顔を浮かべている。

”少々お金もつぎ込んだがの。それはさておき、実は君たちが今立っとる所はリフトになっておる。昔は使えたのじゃが・・・今は錆ついるのでな、動かさないようにしておる。好奇心旺盛なのもまことに結構じゃが、右のレバーは決して!動かさないよう注意しておくぞ。これ以上君たちに怪我を負わせるわけにもいかないのでな・・・ ”

そこまで読み上げると、マナトは思わずギクリとレバーから手を離し、後ずさった。

まさにそのレバーを引こうと手をかけた瞬間だったのだ。

「これ以上って・・・ある程度の怪我はさせるつもりだったんだね・・・じっちゃん・・・」

マナトは笑顔を引きつらせながら、さっき打った頭を撫でていた。

”天井が岩みたいになっておるが、その裏は木で出来たハネ戸になっておる。そんなに軽くは出来ておらんのでな、二人で協力して開けること。脇に台座があるじゃろ?それを使いなさい。”

僕が足元を見回すと、隅っこに置かれてあった台座をマナトが僕の所まで引っ張って寄こす所だった。火かき棒のような先の曲がった長い鉄の棒が横に添えられてある。

”ハネ戸を開けると、フックのようなものがある、鉄の棒を使って梯子を下ろすのに使いなさい。
では、幸運を祈っておるぞ。足長おじいさんより。”

「 “足長”おじいさんって・・・普通は親切な人の事だよね・・・」

マナトの真顔に、僕は笑いそうになるのを我慢して、仕方なくその貼り紙通りにハネを開けることにした。