Summer 7th Heaven


「マダムもここ出身なんですか?」

これはマナトだ。

「えぇ、私の故郷・・・」

彼女が目を細めて言うと、マナトは他にも聞きたいことがたくさんありそうなもどかしい顔を浮かべたが、何とか言葉を飲み込んだ様だった。

「・・・鐘の続き、していい?」

それだけを伝えると、おじいさんはまたフッと笑って静かに頷いた。

「まぁ!鐘ってあれの事?」

マダムが反応すると、「懐かしいわねぇ~随分聞かなくなってしまっていたわ」と少し寂しそうに付け加えた。

「それからあの魔法の洞窟!」

「洞窟?!魔法の?」

その言葉にまたしてもいい反応を示したのもマナトだった。

おじいさんとマダムは同時に頷いている。

魔法?
洞窟まであるのか?

おじいさんが、何とも言い難い瞳でマダムを見つめていた。

マダムは、肩に置かれた彼の手にそっと自分の手を重ねて、見つめ返すと、マナトに軽く片目をつむる。

そんな2人の様子に、新たな冒険の匂いに、マナトは興奮している様だった。

「洞窟に入るには、まず鐘の音を鳴らす必要があるのじゃ。

入口を開けるロック解除のスウィッチにもなっとるのでな」

「連動してんだ!すっげぇ~!」

マナトの顔に喜びが輝いていた。
大きく見開いた目で改めて屋敷をぐるりと見回している。

僕もさすがにこの屋敷を侮っていた様だ、洞窟とは想像を遥かに超えていた。

「けど、そのスウィッチが曲者なんだよな・・・いったいどこにあるのやら・・・」

それには僕も鼻にシワを寄せて肩をすくめるしかない。

そんな僕たちを尻目に、マダムは笑顔を向けている。

「あなたたちの手の中にしっかり握られている、その鍵は何の鍵かしら?」

その一言に、僕たちは眉を吊り上げる。

「灯台の側は暗いわねぇ~」

!!

ジョアンの合図と共に、僕たちはほぼ同時に走り出していた。

階段では押し問答だ。

そんな僕たちを見守りながら、マダムとおじいさんは顔を見合わせて笑っていた。

「ばっか、押すなよ!」

「お前がな!」

「言っとくがワインは俺のもんだ!」

この期に及んでマナトはまだこだわっている様子。

部屋のドアを勢いよくバタンと閉める。

僕も一足遅れで部屋に飛び込んだ。

そう、スウィッチのありかは・・・

僕たちの宿泊部屋のどちらかに隠されているという事だ!

灯台もと暗し。
全く眼中になかった。

暖炉の横の扉から、マナトの叫び声が聞こえてくる。

「なんっで、気が付かないかな~!」

僕も負けじと叫び返した。

「まさかと思うだろーが!」

「頭にもなかったくせに!お前東館出発だろ?初めにチェックしないなんて、相当のバカだな!」

ガタガタと音をさせながら、マナトのゼーゼーと息を切らせる声がかすかに聞こえてくる。僕は惨めったらしくソファーのクッションを撥ね退けた。

暖炉の中、カーテンの端の壁、ベッドの下・・・僕たちは隈なくスウィッチを探し回った。

ちょうどソファーの下を覗きこんだ後、ふと暖炉の方へ目をやると、突き出た所に小箱が置いてあるのに気が付いた。

こんなものあったっけ?
全く気にしていなかった。

僕はすぐさま駆け寄り、持ち上げて見たがピクリとも動かない。

固定されているみたいだった。

近くで見ると、木で出来た小さなオルゴールの様だ。

まさか・・・ゴクリと唾を飲み込んで、蓋を開けてみる。

中には・・・

スウィッチだ!

「あった!!」

僕が勢いよくマナトの部屋へ通じる扉を開くと、喘ぎながらベッドを押しやる最中で、たまらず僕が噴き出すと、悔しそうに唇を噛んだマナトが埃だらけの顔で睨みつける。

ベッドの上の枕をこちらに放り投げてきた。

僕は寸での所でヒョイと自分の部屋に身を隠した。

追って来たマナトは、オルゴールの蓋に手をかける僕の所まで渋々やって来て、中を覗き込んだ。

「こりゃ見つからねーはずだわ・・・」

今度は常識を疑うような目で僕を見る。

箱いっぱいに、でかいスウィッチが埋め込まれているからだ。

花のワルツが静かに鳴っていた。

僕はもう一度マナトを見つめ、合図の様に静かに頷き、僕はゆっくりとスウィッチに手をかけた。

1秒・・・2秒・・・

リゴーン・・・

この音がどこまで届いてるのか、大音量の鐘の音が僕たちを包んだ。

リゴーン・・・

マナトは天井を眺めて、静かに瞳を閉じている。

リゴーン・・・

鐘の音がこんなに心を揺さぶるとは思わなかった・・・

リゴーン・・・

僕も静かに目を閉じた。

リゴーン・・・

全てが無になるようなジーンと響く、何だか懐かしい音。

寒い日の暖かいココアのように、一気に染み渡る様だ。

しばらく心地のいい音に耳を澄ました。

長い一瞬。

鐘はきっかり5回打ち鳴らした所でようやくおさまった。

余韻がまだ耳に残ったままだ。

カタカタカタカタ・・・

今度は歯車が回るような機械音が遠くの方で聞こえてくる。

マナトはあらゆる方向に瞳を走らせて身構えていた。

ガッタンッ

という音と共に鳴り終わって、僕たちは一瞬顔を見合わせると、次に起こることを予測し、しばらくそのまま様子を窺った。

1秒・・・2秒・・・

何も起こらない。

きっと、洞窟への扉のロックが解除されたのだろう、僕はもう一度マナトを振り返った。

ニヤリ顔を一気に顔に広げてゆく。

「ラッキーチャイムだな!」

それを言うならラッキーチャーム・・・
チャイム・・・?

その言葉に、僕の記憶に風が通り過ぎていく。

そうだ、僕はこの音を聞いたことがある・・・

ずっと学校終わりのチャイムだと思っていた。

僕が口を開きかけると、マナトはもう部屋の出口に向かっていた。

そうか、もしかしたらミューが現れるかもしれない。

僕はしばらく口をつぐんで、落ち着いた頃に話すことに決めた。

階段まで来ると、庭で話に花を咲かせている2人が目に入った。

マナトはそれを目にした途端、鼻にシワを寄せ、疑いの瞳を走らせていた。

「ぜってぇーワザとだ」とうんざりした声で呟いた。

「じっちゃんの陰謀にやられたな・・・間違いなく」

僕はおじいさんのとぼける様な顔を先に想像して笑った。

きっとスウィッチの場所は、忘れてなどいなかったのだろう・・・。

階段を降りると、2人が僕たちに振り返った。

「じっちゃん、知ってたんでしょ?」

おじいさんの高笑いに、マダムまでもクスクス笑っていた。

「大変だったが、楽しかった。じゃろ?」

「はい、とても」

僕はマナトを肘で小突くと、今までの冒険を思い返して、頷くしかなくなった。

「久々にワクワクしたけど・・・」

またしてもおじいさんの大勝利だ。

「うむ、何かを見つけ出すということは、そう容易ではない。まして人生の内で見つけられぬ事も大いにありうる。道は険しく困難じゃ」

おじいさんはそう言ってイスから腰を上げた。

「だがどうじゃ?見つけることが出来た喜びはまた格別じゃろうて?それを忘れなさんな、この旅でもまた、新たな喜びが見つかることを、わしは願っておる」

おじいさんは僕たちの肩に片手ずつ手を置くと、特にマナトを意識してこう言った。

「賞金は、君たち二人共に振舞うとしよう!」

しょぼくれたマナトにはこれ以上ないご褒美だった。

「二人ほぼ同時じゃったのでな」

その言葉にマナトは両手を突き上げている。

「ぃやったーーーー!」

きっと始めからそのつもりだったのだろうと、僕は笑顔でおじいさんを見つめた。


その後も、4人で大いにお茶を楽しんだ。

律儀なおじいさんは、僕たちの冒険後のお茶が一層美味しくなるようにと、キッチンに暫くこもっていたらしく、再びアリスの庭に僕たちが腰掛ける頃合いを見計らって、高級レストランのボーイの如く、チョコンとピンク色のドームが覗く大きめの趣味の良いお皿を手際よくテーブルに並べた。

見た事もない様な洒落たデザートの上部には、赤い実と、チョコレートの欠片が突き刺してある。

余った皿の空白部分には、赤いソースで水玉模様が描かれていた。

「さぁ、召し上がれ」

ここでジョアンが、マナトに負けないほど嬉しそうな声を上げ、目を輝かせた。

まるで10代の少女の様に、合わせた両手を頬に近付けている。

「今年もここで木イチゴのスフレが味わえるなんて!」

彼女は嬉しそうにスプーンを入れる。僕たちも早速それに続いた。

おじいさんは何か特別な事を思い出したかの様な面持ちで、目の前のスフレを見つめていた。

マナトは何があるのかとスフレに鼻をくっつけて観察していたが、何も変わった所が見当たらないのを確認すると、僕に向かって口を歪めた。

「 “デザート ”という言葉について、考えた事はおありですかな?」

努めて真剣な面持ちのおじいさんに、僕は少しうろたえてから頭を整理した。

マナトは、またじっちゃんのうんちくが始まったと諦めて、渋々耳を傾ける準備ができた様子だった。

ジョアンは嬉しそうに微笑んで、まるでマナトと正反対に、ワクワクした様子で彼に向き直っている。

もちろん、デザートを頬張る手が止まることはなかったけど。

「 ”Dessert “と ” Desert “じゃ。この二つはとても似た発音なのに、その意味は大いに違う。”Dessert “は、君たちがよく知っている甘いコレじゃ。」

おじいさんは木イチゴのスフレを指差した。

「食事の最後という意味がある。一方、”Desert “は、”砂漠 “という意味じゃが・・・” 見捨てる “という動詞もある。植物がほとんど、或いは全くない不毛の地域。” Dessert “の様にSweetでは全くない。他動詞になれば、人・場所・地位などを捨てるという意味となり、信念などが人から去る時に使う様な言葉を生み出すことになりかねんのじゃ、自動詞になると、自ら義務を捨てたり、自らその地位より逃げ出すといったような意味になり・・・ついには名詞で ”当然の報い・それ相応の罰を受ける “ことになる!わかるかね?物事は全くもって、相当奥が深い、突き詰める価値がある。だからこそ、薄っぺらに言葉にしてはいけないということですな、例えて言うのなら、誰もが使える魔法の薬の様なものかもしれん。誰もが服用できるからこそ、使用上の注意も存在せん。苦くなるか、スィートになるかは、その人次第ということじゃな」