「君たちはまたどうしてこんな田舎に来たのかね?」
マナトが応えようとしたが、マッシュドポテトを喉に詰まらせ、もがいている。
おじいさんは慌てて水を差し出していた。
「人を探してるんです」
マナトは水を流し込んだ後、今度は大急ぎでポケットや洋服をまさぐるのに必死だ。
その甲斐空しく、残念そうに僕に向かって首を横に振っては、肩を落とす。
ミューの写真は部屋に置いてきてしまっている様だった。
「同じ大学の女性なんですが、突然行方が分からなくなってしまって・・・古い友人で・・・望みを託して彼女の故郷へ探しに来たんです。年は僕たちと変わりません。肩までの黒髪に、大きな瞳・・・」
望みを託しておじいさんを見ると、食後のパイポに火をつけている所だった。
「その子は幸せ者じゃな、こんな所まで・・・よっぽど君たちにとって大切な人だと見えるが・・・」
おじいさんの言葉に、マナトは「サッパリ・・・」と肩をすくめた。
「奇妙な話でさ、長い話なんだよ、なぁー」
マナトが僕に相槌を求めると、おじいさんはそんな僕たちを見てまたフォッフォッと笑った。
小さな煙がワッカになって天井へと登ってゆく。
「大の男二人の手を煩わすとは、大した女性らしい!」
おじいさんの呑気な言葉に、マナトは「あぁ~あ」とため息を漏らした。
「病院で看護師をしていたそうなので、明日の朝、僕たちはそちらに出かけます」
「では今日の続きは、また明日の夕食前に再会することにしよう。明日は私のお客が来るのでな・・・」
「そう言えば言ってたね、今日 “は ”暇だけどって」
マナトはまた好奇心に満ちた顔でおじいさんに向けた。
「私の古い友人での、中々面白い人じゃから・・・」
そう言うとおじいさんはマナトの顔を見てクスっと笑う。
「君たちももし時間があるなら会ってみるといい。気に入ると思うがの」
その言葉に、僕の好奇心もいっそう掻き立てられる。
僕はおじいさんに笑顔で答えると、最後に出してもらった香り高いコーヒーを飲みほしてから、少し早いオヤスミの言葉を伝えた。
「この後俺たちまたコモンルーム使って少し調べもんするから、じっちゃんは先寝てて!」
マナトは隠し扉からヒョコっと顔を出して言うと、おじいさんは頷いて「程々にな」とまるで夜更かしをする子供に忠告するよう付け加えた。
「片づけ、本当によかったのかな?」
東館の階段から、チラリと隠し扉に目をやった僕の背中を、マナトは無理やり前に押し出した。
「じっちゃんが言うんだから、甘えとけ!男子厨房に入らず!」
そう言う問題か?
どうやらおじいさんはそんな男子の中にも入れてもらっていないらしい。
後ろ髪を引かれながらも、僕たちは一旦部屋に戻り、コモンルームで待ち合わせをする事にし、汚れた服を適当にソファーに掛けたまま、西館へと足を急がせた。
何度訪れても慣れないほど豪華な部屋だ。思った通り、先に到着したのは僕だった。
早速向かった大理石のテーブルには、広げられたメモが散乱する中、朝にはなかった数冊の本が山積みにされている事に気付く。
なんだろう?
その内の一冊を手にとってみる。
人魚に関する本だ。僕は再びテーブルに目を移した。
絵本から、小説、詳しく書かれたもの、洋書まである。
だけどそれが全部じゃない。
数冊手に取ってみたが、土地に関する歴史の本なども含まれていた。
「わりーお待たせー」
振り向くと、そこには慣れない手つきで湯気が上がる銀食器セットをトレーに乗せたマナトがおぼつかない様子で立っていた。
「さっき廊下でじっちゃんに会ってさ、これ、持ってけって!」
マナトの怪しげなテーブルサービスに、慌てて駆け寄って、テーブルまで運び入れると、僕は深くおじいさんの心遣いに感謝した。
大儀を終えた様なマナトが、大理石のテーブルに目を移した時には、崩された本の山に気づいたようで、得意げな顔を僕に向けている。
「それな、スウィッチ探してる時に見つけたんだ、必要だと思って運んどいた!」
僕が本をパラパラと捲ると、マナトは顔を輝かせながら“人魚伝説“と表紙に書かれた本を持ち上げた。
「やっぱここの本はすげーよ!じっちゃんが人生かけて集めただけある!人魚に関する本だけでも、探せばもっと出てくるんじゃないか?」
浮かない顔の僕に、マナトは「どうした?」と、眉をひそめる。
「彼が今でもそう思っていればいいけどな・・・」
そんな僕の一言に、マナトはため息交じり僕を見た。
「過去は変えられないからな、だけど、今それを喜びにするか、悲しみのままにしておくかは選択できる」
マナトの見解はいつも正しかった。
いや、正しいか間違ってるかなんて本当はどうでもいい事なのかもしれない。
前向きで、ひた向きで、真っ直ぐな優しさ・・・昔からそれは全く変わらない、マナトの長所だ。
本当は武勇伝なんて必要ないのに・・・
そう思いながら、歪めた顔を上げて頷くと、マナトはポケットからケータイを取り出した。
「やっぱここもかー・・・」
ありとあらゆる方向をむけて奮闘している。
何とも切り返しの早い、忙しい奴でもある・・・こういう所も人気に繋がるのだろうか?
「webで検索出来れば早いんだけど・・・お前気づいてた?この屋敷はどこも圏外なんだよなー・・・」
僕もポケットから携帯を取り出したが、電池が切れている様だった。
「WI‐FIなんてこの屋敷にはまるで未来の代物だな・・・そっちは?」
フラフラ歩きまわって、マナトが僕に振り返る。
「電池が切れた。充電器は家だ・・・」
マナトは僕の言葉に深いため息を漏らしている。
「ま、ここにはそんだけの知恵がぎーっしり詰まってるし、もし、鐘が何かの始まりの合図だとしたら、それに気づいてミューちゃんだってここに来るよな?自分から・・・」
そう願っているが・・・マナトは力ない言葉でそう言ったまま、まだケータイを睨みつけている。
「後はどうやってその知恵をここから探し出すかにかかってるな」
僕の一言に、マナトはゲーっと舌を突き出すと、諦めて使い物にならなくなったケータイをソファーに放り投げ、しかめ面のまま日記を手にした。他のシールを捲って、新たなヒント探しだ。
「うーん・・・他のものはしっかり張り付いてて剥がれそうにないな、やっぱ手紙から先の方がいっか?」
もう独り言を始めていた。
いつものシャーロックホームズのお出ましだ。
僕もテーブルの近くまでやって来て、手紙を覗きこんだ。
「一つずつ順番に解いていこう」
「そうだな、じゃ、まずソラの見解を聞かせてくれ」
マナトは大理石のテーブルに軽く腰を乗せると、腕組をしたまま僕を促した。
「 “ミャーと猫が・・・”から “希望の光は・・・”までは置いておいて・・・二十歳の7月の満月に、7th Heavenの扉、つまり、幸せへの扉が開くってことだ。あの秘密の楽園で」
その見解に、マナトはテーブルから腰を上げた。
周りをウロウロ歩き回りながら考えるマナトが、難しい顔を見せながら付け加える。
「7th Heavenには他の言い伝えもあるぞ、例えば、神と最高位の天使が住むとした天国」
「うん、そんな場所の扉が開放される、或いは・・・喜びや幸せに繋がる秘密が明らかになるって考える方が自然かもな・・・」
僕の意見に納得して、マナトは再びテーブルに軽く腰を掛けると、更に先を促した。
「 “大きな灯台は私たちの思い出を照らし・・・”は、灯台が指し示した場所の事だろう。“夜空を見上げれば輝く星に手が届き・・・”というのは、その場所が満点の星空の見える所からだという事だ “上から下を流れた宝石は・・・”一つしかない、流れ星。ただ・・・“母なる海の底深く、人魚が守り続けてる・・・”これは何だろ?」
僕が振り返ると、マナトは人魚姫の伝説の本を片手に持ち上げて振りかざした。
「そこで!この本たちの出番ってわけだ!それまでの推理は大体俺もお前も一緒だな、ただ、その後の一節・・・」
マナトはここで僕に詰め寄った。
「 “夜の空が彼女を起こす時 ”これってさ、ソラ、お前がある夜にその秘密を起こすって事だったら?」
!!!!
僕ははじかれるようにマナトを見つめた。
マナトのニヤリ顔が広がって行く。
すぐさま視線を手紙に落としてポンポンと軽く叩いた。
「そう思えば、始めの一節だって、あの頃、秘密の楽園で遊んだことが、天国か楽園かに見えた頃の、そんな幸せだった私たちを思い出せって意味かもよ!」
マナトの興奮は最高潮だった。
「灯台が指し示す場所から、流れ星が流れた先、母なる海の底、人魚が何かを守ってるって場所を探し出せってことだ!」
マナトの推理は素晴らしいものだった。
ダテに何度も読み返しているだけではなかったのだと、僕は感心と驚きの顔をマナトに向けたが、フトある事が頭を過り、直ぐに顔を曇らせた。
「その夜が間違いなく満月の夜だとすると、俺たちに残された時間は後3日しかない」
「3日?!」
マナトの情けない顔に肩を落とす僕。マナトは頭を抱えこんでいた。
このチャンスを逃すと、この先一生ミューには会えない様な気がしたからだ。
「とりあえず、その場所を探し出そう!」
「まずは鐘を鳴らして、始まりの合図を送っておいた方がよさそうだ!」
マナトは気を取り直して高らかに宣言した。
「さて、その秘密とは何か?!ぜってー暴いてやる!ワクワクしてきた!」
「少々飛躍し過ぎてる所はあるけどな」
僕は付け加えておいた。
まだまだ先は遠い気もするが、大進歩だった。
それから人魚に関する資料を読み漁り、腕時計に目をやると22時を過ぎようとしていた。
マナトはソファーに横になりながら、伝記片手にあーでもないこーでもないと呟いている。
「人魚の伝説について、最古の記録は619年だってよ・・・しかし、人魚って怖ぇーのな、優しい美女かと思いきや、どの伝記も同じ。船を難破させたり、嵐を引き起こすってよ、魔女じゃん・・・?」
マナトはそう言ってソファーから僕に顔を向けた。
「こっちのはそうでもないけど・・・」
僕は大理石のテーブルについたまま、読んでいた本をマナトに見える位置まで掲げて見せた。
「人魚姫の物語はデンマークのが最初らしい。当時人魚姫を演じたバレリーナに感銘を受けて、彫刻家に依頼し、当時のデンマーク王立劇場のプリマ・ドンナがモデルの彫刻が制作された・・・」
僕は更にページを捲った。
「この人魚像は足首の辺りまで人間で、それ以下が魚のヒレになっているらしい。これは肢体のモデルとなったバレリーナの脚があまりにも美しく、鱗で覆うのが忍びなかった為、だってさ・・・」(Wikipediaより)
「へぇ~八百比丘尼伝説(やおびくにでんせつ)なんて読みたくもなくなる感じだな・・・」
「・・・だから昔の人は海に出るとき火打石を打ってたんだな・・・?」
僕が一人で呑気に考え込んでいると、マナトの怒号で一喝された。
「ばっか!そんな鉄壁に守られた秘密ってことだろ!もしかするとこりゃ、お前も知らない様なでっかい秘密があるのかもよ・・・ミューちゃん人魚ってよりも、天女って感じだし・・・羽衣お前に盗まれて帰れないのかもよ・・・」
そんなマナトの冗談に、いつも空ばかり見つめていたミューを思い出した。
「彼女が人魚なら、俺たちが早く見つけねーと泡になって消えるかも・・・」
そんなありえない事に、僕はゾッと体を震わせ、トイレへと立ち上がった。
そんな僕に、今度はマナトから、からかい半分のヤジが飛んだが、相手もせずにそそくさと部屋を後にした。
途中、開け放たれた部屋の窓から、美しい月がチラリと見える。
満月まで後少し、月はもう少しで時を満たそうとしている。
僕はトイレを済ませ、気分転換にホールまで足を向けることにした。
