話し終わると、マナトはボーっと空を眺めたままだった。

「なるほど、お前の女嫌いはそこか・・・」

折角決心して話したのに、マナトの興味がそこに注目されていたことに、僕は呆れた。

「そしてミューちゃんはお前の初恋・・・」

マナトは複雑な表情で僕を見つめ返した。

「それは少し違うな」

それでもマナトは解せない視線を向けている。

「同士・・・かな、本当の姉弟みたいだった」

「ふぅん・・・」

マナトはそうポツリと呟く。
それ以上の詮索はしなかった。

解った事は、マナトとミューには共通点も多く、2人の性格がよく似ている、と言う事。

僕はどこへ行っても一人で、暗い奴だけど・・・

「俺って、やっぱ変・・・だよな?」

唐突な質問に、マナトは首を小さくかしげて眉をひそめた。

こんな事を人に聞いたのも、マナトに言ったのも初めてだった。

「俺の親友だしな」

マナトはそう言って僕の隣に倒れ込んだ。

「変わりもん好きだし♪」

そういう問題か・・・?

「答えになってないと思うが・・・」

「え?そぉ?ボクハ君ヲ死ヌマデ離シハシナイ」

マナトはまるでカタコトのようにそう言うと、空気を抱きしめてから、ゲーっと舌を突き出した。

なんて奴だ!

「ま、いいじゃん?ソラは、ソラのままで。」

それがわからないから聞いてるのに・・・僕はマナトを横目で睨んだ。

「曇りの日も、雨の日も、空の絵を描きなさい!って言われると、やっぱ青く塗らね?そうやって、晴れの日のどこまでーも澄んだ青は、空の長所の一つとして、わかる人にはそう記憶されてんの!」

そう言うとマナトはニヤッと笑い、大きく伸びをする。

「わかる?」

僕は急に恥ずかしくなって、視線を空に向けた。

「・・・たぶん」

「ソラは青いね~」

そんな大層な言葉、僕にはもったいなかったからだ。

そしてこの言葉が、この先一生自分の助けとなるだろうと、思ったのだった。

「僕ぁ~君が羨ましいよ」

「何で?」

「何ででしょ?」

マナトはそう言うと、腕時計に目を走らせてうなだれた。

時間が経つのは早い。

早く宿泊先を見つけないと、すぐに日が暮れて、今日は本気で野宿になってしまう・・・マナトも僕と同じ寝袋は勘弁して欲しい様子だ。

そうして、僕たちは重い腰を上げ、再び図書館へと重い足を向けたのだった。

「何度見てもド派手と言うか何というか・・・」

マナトは改めて図書館を目の前にすると、半分あきれ顔で呟いている。

そう言いつつも、あのじいさんだからな、とすぐに納得の自己完結だ。

この巨大で滑稽な屋敷を目の前にすれば、それも納得せざるを得ない・・・

ん?

僕は屋敷のあるものに気が付いた。

屋敷のずっと上の方の、ツタに覆われた小さな箱のようなものだ。

しばらく立ち尽くす僕に、マナトは足を止め、僕の視線の先を追っていた。

屋根のもう少しだけ上の方に、そこだけ不自然に突き出ているものだ。

あれは・・・

「鐘だ・・・!」

僕たちはあの日記を思い返していた。
そう、丁度シールの剥がれた子供の走り書き!


“カネの音がなりひびく、
それは始まりのあいず“


「この街に鐘が付いてる建物とか、教会とか、他に心当たりは?」

マナトは興奮気味に鐘に目を凝らしている。

「わからん。俺もそこまで気にしたことはない、だけど鐘の音なんて聞いたことはないな・・・むしろここに鐘が設置されていたなんて知らなかったし」

マナトは僕から屋敷に目を移すと、一目散に図書館の中へと消えて行った。

さすがは元バスケ部のポイントガード・・・すばしっこいのは変わっていない。

僕はゆっくりとそれに続いた。

「じっちゃーん!」

マナトの大声が再びホールにコダマましている。

「もう少し静かにできないのかお前は・・・」

「何で始めに気づかなかったかなぁー?」

僕の言葉など聞こえていない様子だ。

「それはお前が幽霊に気を取られていたからだろ?」

この言葉はしっかり聞こえた様で、思い出した様にブルリと身震いしながら僕をひと睨み。

「だって見たんだもんよ・・・白いスカートの女の人!」

「確かに、窓は白いカーテンというスカートをまとってはいたな」

マナトは不服そうな顔を浮かべてるが、僕は素知らぬ顔で通り過ぎた。

そうえば、僕たち以外にあの時にお客さんなんていたのだろうか・・・?

僕はマナトを振り返ったが、今は黙っておこうと心に決めた。

「おやおや、お帰り。どうしのかね?そんなに慌てて」

おじいさんは心配げな様子で、僕たち交互に目をやった。

「じっちゃん!あの鐘ってどうやって鳴らしてんの?」

マナトの声がまたしても玄関ホールを突き抜ける。

「ほー、あの鐘が気に入ったのかね?」

よく見つけたと云わんばかりに自慢のヒゲを撫で、おじいさんは僕の方に目を移した。

「鳴らしたのは・・・もはや遠い昔となってしまった・・・」

ここでふと、マナトに振り返る。

「鳴らしてみたいのかね?」

マナトはすかさず首を激しく上下に動かしていた。

その方法が知りたくて、おじいさんを急かすような瞳で、次の言葉を待っている。まるで餌をねだる犬の様だ。

「なるほど」

おじいさんは何だか深刻そうにそう言うと、顎に手を当てたまま、僕の顔を再び見つめていた。

「旅人さん達、今日泊まる所はもう決まっておるのかな?」

「いえ、まだ・・・」

僕は情けなくそう言うと、マナトの興奮も冷めた様で、力なく肩をすくめている。

そんな僕たちに、おじいさんはにっこり笑みを浮かべていた。

「交換条件というのはどうかね?」

僕たちは眉にシワを寄せ、おじいさんを見つめた。

「あの鐘を鳴らすスイッチがこの屋敷のどこかにある。しかし・・・最近忘れっぽくての、探し出してくれたら、宿を提供しよう。わしも久々にあの鐘の音が聞きたい・・・」

「そんなんでいいの?!」

少し拍子抜けした様だが、マナトの嬉しそうな声におじいさんはまた微笑んだ。

「この街に他に鐘が設置された建物はありますか?」

これは僕だ。
おじいさんは、静かに首を横に降った。

マナトは僕に向かって小さくガッツポーズを見せている。

僕はホッと胸を撫で下ろすと、おじいさんはそれを見て、またフォッフォッと笑った。

「もし、見つけ出してくれたなら、夕食も御馳走するとしよう、どうかね?先に見つけられたものには賞金として極上のワインも用意できるが・・・」

再び何かが始まる予感だ。

いち早くそれに反応したマナトは、大急ぎで駆けよると、勢いよくおじいさんの両手を掴んだ。

「じっちゃん!俺やるよ!じっちゃんの名にかけて!」

驚いた様子のおじいさんは、そうか、そうかと嬉しそうにしているが、僕は呆れ顔のまま心の中で呟いた。

言うと思った・・・。

極上のワインと聞いて、マナトが黙って大人しくするとも思えないけど・・・

一気に闘志に火が付いたマナトは、気合十分だった。

そんなわけで、準備が整いしだい、鐘を鳴らすスイッチを探すことになった。

先に宿泊部屋に案内してもらってからだ。

案内されたのは、さっき僕たちが訪れた西館の反対側、東館の方だった。

おじいさんは静かに立ち入り禁止の札がぶら下がったロープを外す。

どおりで、こっちはプライベートの意味でこのロープが引かれてある事に納得した。

またもその2階に案内された僕たちは、再び驚きの声を上げることになる。

部屋の作りは同じものの、東館の方は全ての部屋に扉が付いていて、当時のホテルのままの様だった。

味のある金色のドアノブと、漆色のドアが印象的だ。

今はどれもその扉が重く閉ざされている。

廊下の壁に等間隔に設置されたライトは、少しうす暗いが蝋燭の形をした、まさに洋館の気品ある雰囲気を更に引き立てていた。

絨毯の薄い紫が、またこの廊下の内装にピッタリだ。

マナトは終始辺りを見回しては、またも感心しきった顔を僕に見せている。

しばらく長い廊下を歩き、足を止めると、おじいさんは隣り合わせた部屋の両方の鍵を開け、手前の部屋の扉を開くと、僕に向かって小さく頷いた。

どうやら、ここが僕の部屋らしい。

扉には金文字で203号室と書いている。

そして、僕はまたしても唖然と部屋の前に立ち尽くことになった。

天井が高く、そこには教会でしか見た事がない様な絵画が描かれていた。

奥には広いバルコニーがあり、その手間の出入り口付近には、小さなテーブルと二脚のイス。部屋のど真ん中には、ソファーと立派な机が置かれてある。

その対面には、暖炉が設置されており、これが冬なら、ソファーに座って暖をとりながら優雅に読書でもしたい気分になれるだろう。

ソファーを挟んだ暖炉のちょうど反対側の壁に沿った所に、キングサイズの天蓋付きのベッドが置いてあった。

マナトは部屋を覗きこんで、呟かずにはいられない様だ。

「金持ちの考えることはわからん・・・」

それには僕も同感だった。
僕たちにはもうそれしか言葉が出てこない。

そんな立派な宿泊先をいとも簡単に見つけてしまったのだ。

マナトの部屋も同じ作りで、ちょうど僕の部屋とはシンメトリーになっていた。

「ここはコネクティングルームになっておるのでな、中から行き来できるようになっておる。その方が便利じゃろうて・・・」

中を覗くと、暖炉の横に扉が見えた。同じように、漆色のドアに金色のドアノブ。

おじいさんの気の利かせ方は、マナトの心にしっかり届いた様で、思わずおじいさんを抱きしめている。

少し困った顔を浮かべたおじいさんは、マナトの背中をポンポンと叩いてなだめていた。

「荷物を運んで、準備ができ次第、玄関ホールまで来なさい」

そう言い残しておじいさんが去ると、マナトは天蓋付きベッドに飛び込んだ。

「俺達って最高ついてる!!」

確かに、こんな場所に宿泊できるなど、滅多にない。

いや、想像もしていなかった。

もしかすると、一生にあるかないかかもしれない、僕はおじいさんとの夕食の方も楽しみで仕方がなくなっていた。

重い荷物を背負って不安な宿探しもしなくて済む。

僕は心底ホッとしていた。