カーン、コーン・・・

僕は緊張した面持ちで玄関先の呼び鈴を鳴らした。

図書館から歩いて約15分、僕たちはミューの家までやって来た所だ。

後ろでは、マナトがソワソワしている。

出来るだけ身なりを整えながら、その豪邸を見上げていた。

図書館のあの屋敷を目の当たりにした後では、どんな豪邸を見てもさほどの驚きはないが、この家だけは、他に並ぶ住宅に比べると、庭も家自体も立派な作りになっている。

「ミューちゃんって結構お嬢?親が厳しいのも納得だな、こりゃ・・・」

「田舎だし、どうでもいい・・・」

僕が2回目のチャイムを鳴らそうと手を伸ばした所だ、庭の方から女性の声が聞こえてきた。

「庭までいらしてくれるかしら?今手が離せないの」

その言葉に、マナトはさっきよりも落ち着かない様子で髪をなでつけている。
「かーちゃんかな?」

庭まで周ると、中年のおばさんがご自慢の庭に水を撒いている最中だった。

派手なサングラスに、カラフルな服、とても庭いじりの格好とは思えない服装で僕たちに向かって手を上げた。

「こんにちは」

僕たち2人が同時に挨拶をすると、その女性はサングラスを少しずらし、僕たちを覗き込む。

「あら~若い男性は久し振りだわ~何の用かしら?」

そう言うと、しっかりホースの水を止め、浮かれた足取りで、手袋を外しながら僕たちの側までやってきた。

「ボニーよ、こっちはクライド」

女性は軽くウィンクをすると、後ろを指さした。

陽の当たる縁側で、気持よさそうに横たわる犬が、瞳だけを動かして僕を見ると、興味がなさそうな顔で再びソッと瞳を閉じた。

「はぁ・・・」

明らかに僕の苦手とするタイプだ。

「人を探してるんです、ここに住んでいたと聞いてお伺いしたのですが・・・」

マナトはそう言って以前大学で手に入れたミューの写真を手渡した。

「あら、ミューちゃんじゃない・・・」

「おばさん知ってるの?!」

マナトの言葉に、女性は少しムッとした様子で写真を押し返した。

「もちろんよ!小さな町だもの。確かにここは以前彼女の家だったけど・・・あなた彼女の彼氏さん?」

女性は品定めするかのように、マナトを上下に見下ろしている。

マナトは残念そうに首を横に振っていた。

「候補です!その内彼女に・・・」

僕はマナトをヒジで小突くと、話題を引き戻す。

「今どこに住んでいるかご存知ですか?」

僕は望みを託して身を乗り出した。

「さぁ~ね~けど、ミューちゃんならずっとあの病院で看護師やってたわよ、委員長が彼女のお父さんだし・・・ご令嬢っていいわよねぇ~・・・」

「その病院ってどこですか?!」

呑気に応える女性に、マナトは更に詰め寄った。
女性は少し驚いたが、なぜかとても嬉しそうな顔でマナトを見つめ返している。

「この街に大きな病院はあそこだけよ、海が見える山の上の病院。だけど噂では彼女、単身都心に引っ越してしまったと聞いてるわ、若い人はみんなここを離れて行くのよねぇ・・・どう?アイスティーも冷えてるし、私が知ってる事ならなぁ~んでも、教えて・・・」

「大丈夫です!ありがとうございました!」

僕は、彼女が言い終わらないうちに深々と頭を下げ、そそくさとその場を後にした。

「行くぞ・・・」

僕の囁きに、マナトは助かったとばかりに、大慌てで後に従った。

「派手なおばちゃん!」

少し離れた所までやって来ると、マナトは少し後ろを振り返ってクスクス笑い、軽く片手をかざした。

女性がまだ残念そうにこちらを覗きこんでいるのがチラリと見えたが、出来るだけ振り返らないよう、僕は足を速めた。

「後少しあそこに長居してれば、俺達食われてたかもな!」

マナトは可笑しそうにヒヒッと笑い、僕の首を激しく掴んだ。

面白がってそう言うが・・・再び大きな荷物を抱え、宿泊先を探しまわる事に、僕は一抹の不安を感じ、大きなため息を漏らしていた。

どうかまともな家庭が僕たちを迎えてくれます様に・・・


「あのおばさんが言ってた病院ってあれかな?」

少し歩くと、マナトが丘の上の方を指差し僕に振り返る。

それこそドラキュラ城さながら、絶壁近くに建てられた建物が向こうの方に見えていた。

「あぁ」

「やっぱりミューちゃん相当の金持ちだな、へたすりゃこの街一番の令嬢かも!」

僕はあの頃のミューを思い返していた。

学校でも仲が良かったミューは、僕の一学年上のお姉さんだった。

いつも活発な格好をしていたのを思い出す。

これといって令嬢の雰囲気が伝わるような格好は思い出せなかった。

学校ではいつも一人、小さいながらも僕を守る!と言い張っていた少し気の強そうなあの瞳・・・

そうだ・・・あの頃。

あの事が災いして、そういう服装は避けていたのかもしれない・・・

出来るだけ目立たない様に・・・?

体調が悪く、車椅子で楽園に訪れるミューは、あまりお転婆が過ぎない様にか・・・?

セバスチャンに着せられたワンピース姿が多い様に思い出される。

レースがたくさん付いていたっけ?男の僕にはその服の価値など計り知れなかった。

ただ、普段はとても優しいセバスチャンは、マナーにだけはとても厳しい人だったのは覚えている。

隠れんぼを提案し、セバスチャンという鬼の目を盗んでは、あの2人の秘密の楽園に逃げ込んで、たくさんの花を摘んでは空に放り投げ、フラワーシャワーだと走り回って騒いだっけ。

ようやく出し抜かれた事に気づいた彼が、息を切らせながらやって来て、服の汚れを指摘したこともあったが、ミューはそんな彼の脇をするりと抜けると、僕の後ろに隠れて彼を困らせていたっけ。

あの頃の僕たちには全くの効き目がなくて、服をどれだけ泥だらけに出来るかに精を出していた。彼はそんな僕たちにいつも手を焼かされっぱなしだったな・・・

そんな事を馳せながら、僕たちは再び自然公園、楽園の広場の横を通り過ぎた。

マナトはいい記憶のセラピーになると言い、暫くここで腰を下ろす事を提案し、僕もそれに賛成した。ドサリと腰を下ろす。

マナトはちゃっかり持ち出したクッキーを頬張り、もう一つを僕に差し出していた。

僕もひとかじりすると、芝生の上に寝そべる。

セラピーか・・・

いつまでも黙っておくわけにもいかない。

僕は、隣に座って空を眺めるマナトに、ミューのことを話す決心をした。