夜勤を終えて数時間の仮眠をとってから通常勤務に入った。
別に怒っている訳じゃないのに、絋から来ていたメッセージに目を通さなかった。
誤解させるかもしれないから悪いだなんて思いながら、バッグの中に仕舞った。
なんだか今は、返信する気分になれない。
ごめんね…
「予約していた小島です」
「小島様ですね。少々お待ちください」
パソコンのデータにコジマ、の名前を探す。
予約リストにきちんと名前があった。
3階のツインルーム一部屋を二泊での予約だ。
ふと、頭のずっと奥の方にある記憶の引き出しが開いたように感じだ。
予約の名前に、小島千津子とあるのを見てハッとした。
私は3015室の鍵を手にして、すぐに小島さんのもとへ向かう。気持ちは高揚していた。
「小島さん、お久しぶりです。私、朋香です。昔お世話になった、吉良朋香です」
私が喋り終わると、まだよく事態を飲み込めていない小島さんがあたふたしていた。
驚いた顔も全然変わっていなかった。
「本当に、朋香ちゃん?立派になったのねぇ…」
胸元にある私の名札を見て、やっと理解してくれたらしい。真ん丸の頬をほのかに染めて笑顔を見せてくれた。
「こちら、鍵になります。今、どちらにお住みになってるんですか?」
小島さんは私から鍵を受け取って答えた。
「今も埼玉にいるのよ。朋香ちゃんのお家からはとても遠いけど…」
「そうなんですね。今日はどうして東京に?」
「これから姪の結婚式なのよ。それで、姉とここに来たの。明日は丸一日観光しようと思っててね」
フロントの広いソファーの一角に、小島さんによく似た女性が座っていた。
「姪さんの御結婚おめでとうございます。
あの、明日のディナーの予定はもう決めましたか?」
「いいえ、決めていないけれど…」
不思議そうな顔をする小島さんに少し待っていて、と伝えて更衣室に急いで向かう。
貰い手が現れたら何時でも渡せるようにバッグに入れたままにしていたのだ。
「お待たせしてごめんなさい。
これ、うちのレストランのコース無料券になるんです。もし良ければ、お姉さんとお食事なさってください」
「あら、頂いていいの?」
「はい。是非」
森崎さんからのプレゼントも、小島さんに使ってもらえるなら満足だ。
「ありがとう。行かせてもらうわね。
せっかくだから沢山話をしたいけど…今日は時間がないし、朋香ちゃんもお仕事だから我慢するわ。
これ、私の連絡先。いつでも東京に出てくるから、会ってゆっくり話をしましょう?」
スッと差し出されたメモ。
さっき券を取りに行ったときにでも書いたのだろうか?
「近いうちに連絡します。
良い旅になさってください」
「お仕事頑張ってね」
小島さんに10何年かぶりに再会できて、本当に嬉しかった。

