仕事を16時で切り上げた。
今日は絋とここのホテルでディナーをする日。
ここのところ忙しくて、ゆっくり食事をしている暇もなかったし、絋ともしばらく会えていなかったから、今日が本当に楽しみだった。
「どうした、そんなお洒落しちゃって」
ニヤニヤしながらこちらに近づいてくる森崎さん。ふわりとしたワンピース姿の私に馬子にも衣装だな。なんて笑うから、コーヒーは淹れてあげない。
「デートか?」
「そんなのじゃないです」
「例の男友達?」
「まぁ…そんなところです」
適当に返事をして、コーヒーを飲む。
さっきヘアコロンをつけたし、勤務中は纏めていた巻き髪も崩れていない。
メイクだってナチュラルだし…
って私、どうしてこんなに身なりを気にしているんだろ…?
服装やヘアメイクに気を遣うこの感覚は、前の彼とデートする時の感覚によく似ていた。
面白がってからかってくる森崎さんの声を交わしていると、バッグの中の携帯の着信音が鳴る。
「お、彼からじゃないの~?」
電話をかけてきたのが本当に絋だったから、私は更衣室の中へ入った。
もちろん男女で別れている訳だから、電話の声を盗み聞きされることもない。
「もしもし?」
「あ…朋香?」
電話口の絋の声は、いつもより気分が下がっているような声だった。
心配しているときや、残念そうなときの声。
思わずどうしたの?と問うと、
「ごめん…今日、行けない」
「え…」
突然に告げられて、驚く。
いわゆるこれは、ドタキャンというものだ。
「本当ごめん…言い訳はしたくないけど、
今からカットが入って…
最近やっと、その…俺を指名してくれるようになったお客さんで…」
「それなら、仕方ないね」
「ごめん…本当に」
「いいのいいの。気にしないで」
気持ちと言葉が噛み合わない状況に戸惑いながら、すらすらと返事をしている自分に驚いた。
絋に向かって言った言葉を、自分に向かって繰り返す。
仕事だから仕方ない。
美容師は指名されてナンボなんだから…
食事なんて、いつだって出来るのだし…
「頑張ってね。またご飯行こう」
自分から電話を切ったのに、プープー、と切なく耳に響いた。

