二次会は行かなかった。
明日は土曜日だけれど仕事だし、何だか盛り上がれるような気分でもなかった。
深夜営業もしているボウリング場に向かうみんなに手を振って、夜の街を歩き出した。
ヒールではなかったし、調子に乗って飲みすぎてしまったお酒を抜くためにも歩いて帰ろうと思った。
夜だから寒いかと思ってガウンを着てきたことを後悔した。既に桜も散り終わった今はとても暖かい。重みさえあるガウンを腕に抱え、ブラウス一枚になった。これで十分なくらいだ。
ふいに、彼から貰った今はもう何の魅力もない指輪をまだ持っていることを思い出した。
去年の誕生日に自分のご褒美に買った憧れのハイブランドの小ぶりなバッグの中を探る。
香水やら代えのアクセサリーが入ったポーチの中に、それがあった。
本当に久しく触れていなかった。
四角く小さい箱を掌に乗せた。
私の中で輝きを無くしたダイヤモンドは、大きいだけの飾り。
私は箱の中から指輪を抜き取り、歩道にあるゴミ箱に投げ入れた。
綺麗な曲線を描いて紙くずの上に落ちていく。
もう誰のことも飾れないあれは、ゴミの上がお似合いだ。
箱も綺麗にヒットした。
ゴミ箱に投げて捨てるだなんて、地味だったかもしれない。
だけど質屋に売るのは嫌だった。
そのお金が、何かを買うときに役立つのは本当に嫌だったからだ。
ゴミの中へ捨てる、潔くてシンプルで一番いい方法だったはずだ。
ずっと捨てていなかった今までは、何かしらの情や未練が残っていたのだ。
認めたくないだけで、頭のどこかで指輪の価値があることを信じていたのだ。
断捨離できたこれからが、本当に吹っ切れたと言えるのだと思う。新しい世界が始まったと、胸を張ってもいい。
晴れやかな気持ちに包まれる。深呼吸にも似たため息をひとつした。
そんなとき、突然に絋の声が聞きたくなった。
「もしもし?」
「どうした~?」
「何か絋の声が聞きたくてね」
何だよそれ、と笑いながら言う絋の声。すっかり聞き馴れた滑らかで落ち着いた声だ。
「私、さっき指輪捨てたよ」
「マジで?そっかぁ。頑張ったじゃん」
すごい、とかよくやった、って言葉を繰り返される。最初は褒めすぎだと思って笑っていたけれど、途中で涙腺が緩むのを感じた。
我慢していたのに漏れた嗚咽に戸惑う声が電話口で聞こえる。大丈夫、と返すのにも苦労するぐらい涙が出た。
大泣きしながらスマホを耳に当ててフラフラと歩く私を、すれ違う人は怪訝そうな顔で見て去っていく。そんな中で絋の声が響いた。
「おーい、大丈夫か?朋香~、ちゃんと帰れる?」
泣きすぎて上手く声が出なくて、何回も何回も頷いた。見えるわけないから、ちゃんと答えないと。
涙を拭った。マスカラが落ちていた。
きっと今酷い顔をしている。
だけど私は、一歩前に出ることが出来た。
大股の一歩だと思う。
新しい自分が生み出されたようだ。
私はやっと、絋に返事をすることができた。

