ロールキャベツ


目の前でサンドイッチを喰らう森崎さんはデリカシーのない質問を言葉巧みに繰り返してくる。

上手く乗せられているのが自分でも分かったけれど、ペラペラと喋ってしまった。
それでも、喧嘩別れしたという嘘だけは守り抜いた。


「もったいねぇなぁ。彼氏、大手代理店勤めなんだろ?しかも専務に内定してるようなもんなんだろ?」

そこまで言って、自分が余計なことまで口走っていることに気づいたらしい。

口をぱくぱく動かして、驚いている表情を見せられる。驚きたいのはこっちだ。


「…やってもうた」

謎過ぎる関西弁を呟いて、私の目見ては何かを訴えてくる。

『あさみには言わないで』
多分こう言いたいのだろう。

チクる気なんて更々ないけれど、面白いから怒ってるフリを続けておく。

森崎さんになら、それくらいの情報が漏れていたってどうってことない。

それにもう、彼と会うことは一生ない。

大手代理店に勤めていようが、有望株で専務になるであろう将来が見えていようが、私の未来に何の影響も及ぼさない。

こんな風に割りきれるようにもなってきたのだ。



「じゃあお前、俺があげたタダ券はどうすんの?」

数秒前の自分の失態はすでに落としてきたようだ。

「友達と行かせていただきます」

素直に答えた。
森崎さんにとっては、全然面白くないだろうなぁ。

「友達だと~?男と行けよ、男と」

「男友達ですよ?」

男、というフレーズで興味深そうに鼻を膨らませる。
色恋話が本当に好きな人だ。
分かりやすいから逆に気持ちがいい。

だけど私以外の後輩にはこういうことはしない方がいい。
今の時代、セクハラで訴えられてもおかしくはない。


付き合わないの?と顔を覗き込まれて、パッと絋の顔が浮かんだ。

絋と付き合う…

考えられないことではないけれど、今の友達の関係から発展することがあるだろうか。

再会してそれほど月日が経っていないせいもあるし、婚約破棄されたばかりだったからだろうが、そんな風に考えたことは一度もなかった。


付き合えば、幸せにはなれる気がする。
何でも理解して優しさを見せてくれる絋は、私にとって欠かせない存在になっている。

だけど…


「今は、というか暫く恋はいいです」

無理をして笑っていたのが自分でも分かった。
もう大丈夫だと思っていても、やはり傷は完全に癒えている訳ではないみたいだった。
自分でも知らないうちに、心の奥のもっともっと向こう側にたくさんの擦り傷が出来ていたのかもしれない。


そっか、と小さく呟いただけで、森崎さんはそれ以上何も聞いてこなかった。

本当に聞いてほしくないことは、聞かないでそっとしておく。

不器用な優しさが擦り傷に触れて、染みた気がした。