私の2本目のビールは、せっかくだから紘に貰ったグラスに注いだ。
100倍は美味しく感じる、と言ったら大袈裟だな、と笑われた。
「そういや、埼玉に帰ったとか言ってなかったっけ?」
「うん。お母さんのお墓参りに。もう2週間くらい前だけどね」
お母さんの命日に、運よく休みが取れたから、埼玉に帰った。
林檎を買って、お供えしてきた。
私はまだ幼かったけれど、お母さんが嬉しそうに林檎を食べていたのは今でも覚えてる。
「やっぱり会わなかったの?」
「…うん。だけど、会ってたのかも」
「え?」
私が林檎を袋から出したとき、ピカピカにお墓が磨かれていることに気が付いた。
たった今私が磨いたといってもおかしくないくらいに、水が弾いてる。
そっと水滴に触れると、もうすぐ4月なのにもかかわらず指に凍り付くような寒さが走った。
ついさっきだ、お墓が磨かれたのは。
そのことを紘に話した。
会いたかった?という踏み込んだ紘の質問には、苦笑いしかできなかった。
会いたかったのかもしれないし、会いたくなかったのかもしれない。
入れ替えになってしまったことに心を落としたし、
ギリギリで会わなくて済んだことに安堵もした。
私は、どうしたいのだろう。
自分自身の目で現実を見たことによって、私はまた考え始めていた。
「じゃあな」
紘を玄関先まで見送る。
まだ東京は肌寒い。紘は深くニット帽を被った。
「また3人で遊ぼうよ」
「…そうだな」
少しだけ切なそうな顔をしたのは気のせいだろうか?
最近買ったバイクで走れば、ここから家まで15分くらいで着くらしい。
もう少し暖かくなったら、乗せてもらおう。
今の時期じゃ、顔に当たる風がまだ寒すぎる。
気を付けてね、と声をかけて、言い忘れていたことを思い出した。
「ねぇ、職場の先輩に、うちのホテルのディナーコース無料券もらったの。今度二人で行かない?」
職場の先輩っていうのは、森崎さんのこと。
誕生日プレゼントだといって、一番高い値段のコースの無料券を2枚くれた。
彼氏とでもいけ、って言葉を添えて。
森崎さんに婚約破棄されたことは話してなかったから、年上の彼氏と続いているとでも思っているのだろうか。
返事を待っていると、紘は子供のように無邪気に喜んだ。
「行く!絶対行く!」
「はは、じゃあ決まりね。期限はないから、いつか行こう」
「オッケー!」
そのあと、紘は嬉しそうに帰って行った。
そんなにホテルのコースが嬉しかったのかな?
可愛いところあるじゃない。
紘の嬉しそうな顔を思い出すと、何度でも笑ってしまった。

