忙しくなり始めた仕事の合間を縫って、祝日の昼間に、彼女を隣に乗せて車を走らせた。
今日は、妻の亡くなった日。
もう何年前か数えるのも大変なくらい、長い月日が経った。
あれは本当に不運な事故だった。
僕はその日はやっぱり忙しくて、起業して数年の今の事務所で仕事をしていた。
妻の友達が家に遊びにきていて、朋香の面倒を見ていて。
妻が近くのスーパーに買い出しにいった帰り…
加害者はバイクに乗った老人で、妻との接触で頭を打ち、亡くなった。
妻も何メートルか飛ばされたらしく、即死だった。
一度は立ち直れないくらいの落胆をした僕だったが、割とすぐに気持ちを持ち直すことができた。
それはやっぱり、あの子がいたからだと思う。
まだ4歳だった幼い朋香。
これから、朋香が頼れるのは僕だけだと思うと、しっかりしなければという気持ちが湧いたのだ。
気丈な女性だった妻は、きっと自分よりも朋香を優先してほしいと思ったに違いないから。
だから僕は、母親がいなくても朋香が立派に育つようにやってきたつもりだ。
なのに今疎遠になっていることで、空の上からいつも妻に怒られているような気がする。
こんなことになるなら、妻に朋香の取り扱い説明書でも作ってもらえばよかった、なんて思ったりする。
約20年経った今でも、妻は僕の頭の中にいて、それは死ぬまで続くと思う。
守りたい、大事にしたいと思える人が今隣にいてくれるけれど、
それとは別の意味でずっとずっと妻は大切な人である。
だから今日の命日に、彼女を紹介しようと思ったのだ。
きっと妻は僕と同い年らしく目じりに皺を作った笑顔で、彼女を迎えてくれることだと思う。
ちょっと気の強いところとか、すごくしっかりしているところとか。
そんな朋香にそっくりな妻に、会いに行く。
墓地の入り口の水道で、手桶に水を入れる。
彼女は特に何も言わず、お供え用の花を持って僕の後ろをついてくる。
一番奥の端にある妻の墓。
まだ30代だったことから夫婦で墓を買っていなく、妻は実家の墓に入った。
妻の旧姓の書かれた墓の前で、まず一礼した。

