「美味しいです」
柔らかい笑顔が、暗い店内の照明に照らされて綺麗だ。
どうやら彼女はこの店を気に入ってくれたらしい。
一口一口料理を口に運ぶ度に笑顔になり、店内にかかるクラシックに耳を傾ける様子は、なんだか幼い女の子を見ているみたいで可愛らしかった。
誰かと食事を共にするということは、どうしてこんなに幸せになれるんだろう。
相手が彼女だということはもちろんある。
だけど誰かが隣にいて、話をしながら食事をするという、ただそれだけのことに僕は幸せを感じるようになっていた。
菱川や事務所の人と食べる昼食、顧客と飲み交わすひと時。
その時間がとんでもなく恋しく、愛おしいのだ。
小さな幸せかもしれない、だけど僕からしてみれば、とても大きな幸せなのだ。
その大きな幸せがなくなったときにはきっと、僕は壊れてしまうのだろう。
それほど、脆い人間なのだと思う。
どんな場所にいても、誰といても、何を話しても、何を食べても、
僕はいつだって少し切ない気持ちになる…
「税理士さんって、お休みが取れる時期とかあるんですか?」
「休み?」
「はい。まとまったお休みとか」
「そうだな…3月から6月がすごく忙しいんだ。
だから、それが終わった夏あたりは比較的暇なほうかもしれない」
「そうなんですね」
何かを言いたげな彼女に、なぜかと問う。
「もし、よければなんですけど…
私の家族に会っていただけませんか…?」
予想外の言葉に、一瞬驚く。
「駄目なら、いいんですけど…」
駄目なわけ、ないじゃないか。
「是非、お会いしたいよ。きちんとご挨拶しておきたい」
僕が言い終わると同時に、パアッと明るくなる彼女の顔。
彼女の地元は確か、静岡だったか。
ちょうどこの間、旅行をしたいと思っていたところだし、
地元に寄ったあと、どこかへ行くのもいいな。
近くの名古屋でグルメを食べつくそうか。
関西のほうまで足を向けてみようか。
彼女となら、きっとどこへ行っても楽しいんだろうな。
「夏になったら、必ず行こう」
「はい…!」
胸いっぱいに幸せの気持ちが広がる。
夏まで待つ、それこそも楽しみのひとつなのだ。
きっと彼女も、僕と同じ気持ちでいてくれているはずだ…
別れ際に渡されたチョコレート。
添えられたカードには“こんな私ですがよろしくお願いします”
と書かれていた。
今度は、失わないように。
もう誰も、失わないようにしなければ…

