ロールキャベツ



彼女の経営するクリニックは、美容系の店が集まるビルの5階に入っている。



エイジングケアのクリニックというものを、実際に聞いたのは彼女と出会ってからだった。

若返りのための点滴やら、レーザー治療なんかを行っているらしい。


彼女の若さが証拠となっているのか、クリニックは繁盛している。

税理士と経営者として仕事をしている分、クリニックの儲けや金関係のことを隅々まで知ってしまうのが少し複雑なのだが。


だから彼女とプライベートで会うときは、お互いの仕事の話はあまり持ち込まないようにしている。




エレベーターで5階に着き、角を曲がると白い外装が見えてくる。

彼女と、3人の従業員の女性。
クリニックに来ることは多いから、従業員の方とは顔見知りになった。

僕が彼女を大切に思っていることも、きっとうっすら気づいていると思う。



「最後のお客様がもうすぐ終わりますので、お待ちいただけますか?」
いつも丁寧な言葉づかいで話をしてくれる、クリニックでは一番年下とみられる女性。

待合室に通してもらい、柔らかいソファーに身を沈める。

「今日はバレンタインですので、こちらをお持ち帰りください」
カゴに入った、残り数個のクッキー。

一番上にあった丸いチョコレート味のクッキーを手に取った。


「尾形さん、先ほど別でチョコレート用意されてましたよ」
にっこりと笑いかけられて、恥ずかしくなった。

若い女の子の言葉に照れてしまったことと、

ちゃんと僕にチョコレートを用意してくれていることに。




「お待たせしてごめんなさい」

待合室以外の照明が消され、手袋をつけながら僕の前に現れた彼女。

クリニックの戸締まりをきっちり確認してから歩き出した。


「君の家の近くに、美味しい和食屋を見つけたんだ。そこにしよう」

待たせておいたタクシーに和食屋の通りまで向かうように告げる。

彼女の好物の卵焼きが美味しい店だ。
きっと喜んでくれることだろう。


彼女が僕とは反対側の、ドアとの間に置いている紙袋。

その中身がチョコなんじゃないかとずっと期待している僕は、思ったよりも幼いのかもしれない。