ロールキャベツ


甘ったるい空気が街に流れていたこの頃。

何年も、特に気にしていなかったイベントが今年は少し楽しみだった。

56にもなって恥ずかしいが、そんなことで胸が踊るだけまだ若いということにしておこう。


「吉良さん、義理チョコです」
事務所の受付を任せている20代前半の女の子は、手作りの生チョコを配っていた。

もうひとり、僕の事務所で税理士として働いてくれている30代を過ぎた女性は、有名なデパートの袋を隠さず渡してくれた。


去年までは、この二人からだけだった。

でも、今年は違う。

彼女がいる。

少年の頃に戻ったような、感覚。
この日はいつもドキドキ、そわそわして、落ち着かなくて。

好きな子からチョコを貰えると、それだけで何ヵ月も幸せな気分でいられる。


そんな感覚が今また、戻ってきた気がする。

仕事もいつもより身が入らなくて、上の空で。

向かいのデスクで、もうすぐ年中になる娘に貰ったハートのクッキーを自慢してくる菱川の話を僕は、適当に頷きながら聞いていた。




「吉良さん、もう6時半ですよ?」
菱川の声で時計に目を向けた。

そろそろ、事務所を出る時間かな。

コートを羽織って、少しデスクを片付ける。

いつも妻か家政婦さんに片付けをやってもらっていたから、整理整頓はあまり得意じゃない。

綺麗になったとは言えないデスクを後に、事務所を出る。

「吉良さーん!俺の分のチョコも貰ってきてくださいね!」
図々しい菱川の声に、事務所の皆が一気に笑った。



事務所を出て、タクシーを捕まえる。
ここから彼女の職場までは、車で1時間ほどだ。

流れる景色は、それなりにきらびやかだ。
頻繁にタクシーに乗れるようになったのは、ありがたい。
こんな贅沢をして、いつかバチが当たるのではないかとたまに思ったりもする。


だけどこんな生活が、癖になってしまった。

あの子にもお金ばっかりかけていた気がする。

欲しいものを買ってやるたびに、僕の欲しいあの子の笑顔が消えていった気がする。



お金は大事だけど、何よりも脆い。

それを心から思うようになったのが、最近なことが情けない。


彼女の職場のビルが見えてくる。
こんな、情けない顔をするな。

僕は自分の顔を両手で叩いて、気を入れ直した。