少し熱しすぎたのか、沸騰する音が強くなってきて、コンロの火を消した。
それでも色は透明のままのそれを、器に入れる。
箸を並べたテーブルクロスの上に器を置いたとき、思い出した。
『朋香』
そう言って、僕はここに同じものを置いたことがなかっただろうか。
朋香がねだってきて買ってやった、好きだったキャラクターの皿に入れて。
『小島さんの、白バージョンだ』
いつも小島さんが作ってくれるトマト味のものとは違うそれに首をかしげる朋香に、そう言うとわかったような顔をして。
誕生日、おめでとうって…
嬉しそうにロールキャベツを頬張る朋香を見て、僕も子供のような無邪気な気持ちになって…
そんなこと、僕もすっかり忘れていたし、きっと朋香は覚えていないんだろうな。
思い出したくも、ないかもしれない。
あのころはまだ、幸せだった。
朋香が小さくて、幼いのをいいことに僕は甘えていたのだ。
それがいつの間にか、信じられないくらい大人になっていて。
幼い朋香、はたった一瞬の間でいなくなってしまった。
子供はよく、気づけば大人になっていると言うが、本当にその通りだと思う。
一秒一秒、成長していたのだ。
僕の知らないところで、何もかもを学び、生きていたのだ。
僕は朋香に、何も教えていない。
寧ろ、学ぶことがたくさんあるくらいだった。
食事作法のマナーとか、人間関係の付き合い方とか。
そういうのは、育てていく上で、僕が教えてあげるべきだったのかもしれない。
それらすべてを朋香は、手探りで覚え、自分のものにしてきた。
僕は朋香が生きてきた中で、何を残してあげられたんだろう…
これから長い人生を生きていく中で、役に立つようなことを僕は何もしてあげられてないじゃないか…
僕が朋香にしてあげたことといえば…
このロールキャベツを作ってあげたことぐらいじゃないか。
もう朋香の記憶の中から消し去られているであろう、その事実しか、ないなんて…
自分の無力さに、不甲斐なさに、思わず泣きそうになった。
違う…僕がこんなことで、泣きそうになるから駄目なんだ。
朋香はこんな僕よりも、遥かに大人なのだ。
遥かに強くて、逞しいのだ。
僕がこんなにも弱い大人になったのは、
自分自身のせいである。
朋香を強い大人にしたのも、僕自身なのだ。

