「あぁ、そうか…
いや、気にしないで。少し作りすぎただけだから…」
電話口で申し訳なさそうに謝る彼女に、なるべく明るく振る舞った。
仕方ない、今日は休日でクリニックは夜まで予約で埋まっているんだから。
来れないのも、仕方ない…
そう思いながら、仕方ないと思い込むことに空しさを感じた。
「達義さん、お料理できたんですね」
意外とでもいうように小さく笑った彼女。
まともに作れる料理はたった一つだけなんだけど…
コンロの前に立ち、置かれた鍋の中を覗く。
久しぶりに作ったそれは、我ながらなかなかの出来。
彼女にも食べてもらいたかった。
白く透き通ったスープ。
黄緑色のツヤがある表面。
コンソメの香り。
僕の得意料理、ロールキャベツを。
彼女との通話を終えて、部屋がとんでもなく静かに感じて、音楽をかけた。
自分の書斎から持ってきた小さいオーディオから流れる洋楽。
ゆったりとしたそれは、僕しかいないこの家を少し明るくする。
ロールキャベツの入った鍋を、再び火にかけた。
スープが沸々と湧き出すと、さらにいい香りがしてきて。
料理っていいなと、思った。
壁に沿ってあるキッチンに、スペースをあけてある広めのカウンター。
遊びにきた朋香の友達が、お洒落だと、憧れるなんて、言ってくれたことがあったような…
この家は確かに、少し東京の高層マンションのような造りなところがある。
埼玉でも都会のほうのマンション。
ここは、朋香が生まれる少し前に一括で買った家だ。
2LDKで、広々としたキッチン。
リビングは、一枚壁を挟んでまるで違う空間のようになっている。
僕の書斎は、大きいデスク、ダブルのベッドを入れても、広々としている。
そして、リビングの隣にある、あの子の部屋…。
クローゼットや、タンスの中身がなくなっただけで、ほとんど何も変わらない部屋。
家具は東京のほうで買えばいいと、上京する時にお金を渡した。
僕にできることは、これくらいしかないのだから…
一緒に住んでいた頃は、滅多に入ることがなかった部屋で、
朋香は何を感じ、何を信じながら過ごしていたのだろう…

