「いらっしゃいませ」
目尻にたっぷりのシワを寄せたおばちゃん。
外装も商品もおしゃれなヨーロッパ風なのに、店主のおばちゃんはずっと温かくて、優しい、日本的な人だった。
きっと僕と同い年ぐらいだと思う。
だけどおばちゃんは、僕よりも遥かに心が広くて、人情味のある人なんだろうと、見ているだけで分かる。
おばちゃんの、パンを食べるだけで分かる。
「食パン、おまけにもう一袋サービスしてあげる」
なぜか嬉しそうに笑うおばちゃん。
ポイントカードが貯まったわけじゃないし、沢山パンを買ったわけじゃなくても、こうやってサービスをよくしてくれる。
「じゃあ、ブレンドコーヒーもちょうだい」
僕はレジ横のコーヒーの粉末の入ったビンを手に取る。
こうやってなにか買って、少しだけでもお返し。
わざわざ買いたしたくなるぐらい、おばちゃんは魅力のある人だ。
年始明けの仕事を片付けて、ちょっと久しぶりにこのパン屋に来たため、せっかくだからブレンドコーヒーを淹れてもらうことにした。
このはパン屋は、できてもう20数年くらいだろう。
あの子と同い年ぐらいじゃないだろうか。
まだ妻が生きていた頃に、何度か3人でパンを買いに来た記憶がある。
妻が亡くなってからも、ここが行きつけであることに変わりはなかった。
娘は友達とかと入り浸っていたようだし、ずっとお世話になっていた、ちょっとおばちゃんに似た家政婦さんも、ここを気に入っていた。
きっと彼女も、気に入ってくれる…
今度ここに連れてこようと、思ったとき。
「朋香ちゃん、お正月過ぎたのに帰ってきてるのね」
淹れたてのブレンドコーヒーを僕の前に置きながら、そう言ったおばちゃん。
何の話だ…?
言葉を失っていると、おばちゃんはさらに目尻のシワを深めるように笑った。
「あら、違うの?一昨日くらいだったか、そこを歩いていたわよ?」
おばちゃんは店のガラス壁の少し奥の、コインパーキングを指差す。
朋香が、帰ってきていた?…まさか
「人違いじゃなくて?」
「私、目だけはいいもの。間違えるはずないわ。スラッとした男の人と一緒に歩いていたの。彼氏かしら?」
ニヤッと笑うおばちゃんをよそに、固まる僕。
本当に、朋香があのパーキングの前にいたのか?
しかも男と一緒に?
僕に会いに来た…
なわけ、ないよな。
自惚れるな。朋香はそれほど、甘くない。
もしおばちゃんが見たのが本当に朋香だとするならば、
何のために、この街に、
帰ってきたんだろうか。

