冬の澄んだ空気が気持ち良いクリスマスの朝。

昨晩は彼が予約してくれた高級ホテルでフレンチを食べて、そのままホテルに泊まった。

自分が従業員じゃなくて、ホテルに居るのは不思議な感覚だけどね。


いつもより早起きだったけれど、全然苦じゃなくて。
それは起きてすぐ隣に彼の寝顔が見えたからだと思う。

もうすぐ、毎朝寝顔を見れると思うと、心が暖かくなった。


朝ごはんを食べて、彼は私を勤務先のホテルまで送ってくれると言った。
タクシーで、と言われたが、歩いてがいい、と言った。

歩きながら感じる冬の空気が、寒いくせに、気持ち良かった。


イヴの夜に休みを取れた代わりにはもちろん、クリスマスは奪われる。

私は今日、ぶっ通しの勤務だ。


彼も仕事があるみたいだけど、夜は、彼女にフラれた弟を慰めて旨いものを食わせてやるって言ってたっけ。



家族と、仲が良いんだね…

私は語尾に添って言葉が小さくなっていた気がする。
それを彼に悟られないように、必死だった気がする。


そしてそれを、心の中で羨んでいた気がする。


「朋香の実家、埼玉だったっけ?」

いきなりそう聞かれて、言葉に詰まる。

「そうだけど…どうして?」


「どうしてって、俺たち結婚するんだから、挨拶に行かなきゃ。俺の家族にも会ってほしいし」

「でも…私の実家、ど田舎だよ。きっとびっくりする」

「田舎だろうが都会だろうが関係ないよ」

「…」

…彼は来るつもりだ。

いや…当たり前よね。
結婚、するんだから…



本人だけじゃ、結婚はできないんだから…


「…もか、朋香?」

私の顔を覗きこむ彼の背景に、見飽きたホテルの外観が映った。

「大丈夫か?ボーッとして」

「平気…」

「なら良いけど…無理はするなよ。今日も頑張ってこい」
彼の手によって直された前髪が、風で揺れる。


「また、年明けにでも日取りを決めよう。大事な事だから、な?」


適当に頷いて、彼の顔をまともに見れないまま、私は従業員出入り口に向かった。