「今日、仕事に行ったんじゃなかった?」
「今日は掃除とか、明日からの営業の準備だけだったんです」
そうか。年末から数日とはいえ、店には出入りしていなかった彼女。
店の掃除も、大事な職務だよな。
「今日も、お夕飯作りにいっていいですか…?」
伏し目がちに、聞いてくる。
僕が断るわけない。
彼女がいてくれるおかげで、僕は癒されて、あのひとりじゃ広い家でも、孤独を感じないのだから。
「はい」
僕はスーツのポケットの中から、鍵を出して彼女に渡す。
合鍵は渡していない。
というか…渡せない。
あの家は一応、あの子の家でもあるからだ。
それは、彼女も理解してくれている。
「お夕飯、お鍋にしましょうか」
「いいね。僕、一度キムチ鍋を食べてみたいんだ」
「キムチ鍋ですか?私も、食べたことありません。それにしましょうか」
雪のような白い肌の彼女に、キムチ鍋は似合わないけれど。
辛い辛いと言いながら食べる鍋も、彼女となら楽しめると思った。
「あ、そうだ、菱川!」
お土産の話をしようと思って菱川を呼ぶ。
僕のデスクに並べていたお土産は、菱川の手にある大きい紙袋に全て収められていた。
「こんにちは、尾形さん」
「ご無沙汰しております」
ぺこり、と頭を下げあったあとに、菱川がお土産の袋を彼女に渡す。
「旅行に行かれたんですか?」
「はい。家族と、鎌倉にいってきたので、そのお土産です」
「いいですね。ありがとうございます」
彼女がふわりと笑う。
旅行とか…いいかもしれないな。
ゆっくりできる、どこかで、いつか。
彼女の喜ぶ顔を見たいから。
「少し買いすぎたので、よければ娘さんも一緒に召し上がってください。
尾形さんみたいなお母さんだったら、最高だな~」
何も知らない菱川が、呑気に笑う。
お母さん。
そのフレーズに彼女も、小さく動揺しているように見えた。
娘の話を彼女にした日から、なんとなく娘の話題を避けている自分がいた。
こうして自然に娘関連の話が出るだけで、彼女の目をみることができない。
仕方ないさ、菱川は何も知らないんだから…
彼女の切なそうな目に、僕は心でそう語りかけるのが精一杯だった。

