「吉良さん、今年も連休なしですか?」

「あぁ。休みがあれば仕事をしてしまうからね」

「吉良さんらしいですね」


八重歯を見せて笑った菱川は、実家に帰省した後に家族と温泉旅行に行くらしい。

今年最後の仕事を終えて、奥さんに編んでもらったというマフラーをぐるぐる巻きにして事務所を出て行った。




菱川は僕のなりたかった父親像にぴったりはまるのである。

僕を慕ってくれている部下であるからこそ、本人には口にしないが。


ぱっと外を見ると、雪がちらついていた。

…東京でも、降っているのだろうか。



クリスマスも過ぎ、すっかり正月気分に近づいている。



今年、久しぶりにひとりじゃない年越しになりそうだ。


顧客として出会った彼女は、一緒にいて落ち着く存在だった。

妻を亡くしてから仕事が恋人のようなもので、パートナーが欲しいとも思わなかった。


けれど彼女に出会ったとき、なんだか淡い恋心のような感情が芽生えたんだ。

この人といたいと、柄にもなく思って。

だから娘の話もして…



50もとうに超えて、おかしいかもな…



僕は心のどこかで“ひとりは嫌だ”と思っていたのかもしれない。

それは、ひとりじゃないと思っていたのにいつの間にか、いろんなものを失くしていたからかもしれない…





その日の帰り道、見覚えのある女性が前から歩いてきた。

胸下まで伸びている髪は、あの頃と全く違うけども、全体の雰囲気がどうみても彼女に見えた。


-僕と目があった彼女は小さく会釈をしてくれて。
昔、家に遊びに来てくれていたときよりもグッと大人になっていた。


そういえば彼女も、東京で暮らしているんだったか。


「お久しぶりです」

「久しぶり。大人っぽくなったね」

「そうですかね。おじさんも、ますますダンディになりました?」

数年ぶりに会ったにもかかわらず、明るく話してくれるこの子は、昔から社交的だった。


「帰省中なのかい?」

「はい。ちょうど昨日帰ってきたんです」

「そうか…」


彼女の手元にはすぐ近くのスーパーの袋があった。
そこから、白菜とネギが覗いている。

「今から鍋するんです。おつかい頼まれちゃって」

「いいね、鍋」

僕の笑顔は、少し引きつっていたかもしれない。

羨ましい気持ちが、とめどなく溢れた。



「じゃあ、失礼します」
頭を下げて去っていく彼女の後ろ姿を見ていると、自然に口が開いて。


「あさみちゃん!」

「はい、どうしました?」



「あの子に…


朋香に、仕事がんばれと伝えてほしい…」

自分でも、驚いた。

何を言ってるのだろう。
僕にこんなことを言う資格なんて、あるだろうか。


「わかりました!」

彼女の明るい笑顔だけが、少し僕の心を軽くした。