頭が、真っ白になった。
まるで本当に自分の家かと疑うくらいの、重々しい空気に耐えられなくて、私は沈黙を破った。
「なんで…?」
「…朋香は、今のままじゃ幸せになれないよ」
意味、わからない。
あなたが、幸せにしてくれるんじゃないの?
そういうものじゃないの?
先に幸せになれないって、どうして決めつけるの?
一緒に幸せになろうって言ったのに…
どうして、それを放棄するの…
「私になにか欠けてるなら、そう言ってよ。
どうして…別れるっていう結果になるの?」
“別れる”その四文字を口にするだけで辛かった。
嫌なところがあるなら、直す。
性格でも、服の趣味でも、料理の味付けでも、なんでも直す。
「簡単に…直せないだろう」
「何だって直すわよ。何が、気に入らないの?」
彼の、疑うような目が私を捉えた。
こんな目で見られるのは、初めて。
こんなに怖い表情、するんだね…
「お父さんと、仲直りしてくれと言ったら?」
「…」
「何も、言えないだろう」
それを言われるなんて、思わなかった。
目を背けていた事実を、無理矢理見せられたような感覚。
私は彼の目も、彼の口から出た話題にも、向き合うことができないでいた。
「無理矢理挨拶に行けばいいと思った。
お父さんだって、朋香だって大人なんだから、会ってしまえば仲直りすると思ったよ。
だけど君は、思ったよりも子供だったんだね」
彼が、聞いたこともない冷淡な声を出す。
「25にもなって…父親に会いたくないからって過呼吸を起こすなんて、聞いたことないよ。
そんなので、よく結婚できると思ったな」
「だって…結婚するのは、本人同士でしょ」
「そういう所が子供だって…言ってるんだ」
キッと私の顔を睨み付けた彼を、心から怖いと思った。
なんで…あんなに優しい人だったのに、なんで、そんなに冷たくするの…
「その指輪は、捨ててくれ」
彼が、コートを羽織って、靴を履く。
その後ろ姿が、激しく滲んだ。
涙が落ちた、ダイヤモンドの指輪だけが光を放って。
私は部屋に、ひとりきり。
―――ねぇ、お父さん。
私はあなたのせいで、今日婚約破棄しました。
あなたのせいで……