ロールキャベツ


パン屋の前の、コインパーキング。

一発で綺麗に車を停める彼の器用さまでが、嫌になった。

もっと時間稼いでよ。
あの人が、その間にちょっと出掛けたりしたら、会わなくて済むの。

ねぇ、お願い…


私の気持ちも知らず、外から助手席のドアを開けてくれた彼。

差し出された手を、なかなか掴めない。

いっそのこと、仮病を使おうか。
いや…バレるんだろうな。

「朋香、グズグズするな」
無理矢理手を引っ張られて外に出される。

彼は、大人。私はまだ、子供だよ…

彼の大きい手から伝わる温もりだけが、今の私の頼りだった。

「大丈夫だよ」
振り返って私を見るその笑顔を、信じてもいいの?



パン屋を通り過ぎるとき、中をこっそり覗いた。
そこには、すっかり老けたおばちゃんがいて。

毎日のように居座る私とあさみに、サービスばっかりしてくれたおばちゃん。

その姿をみたとき、目頭が熱くなった。



「…はぁ」
歩き進めていくうちに、段々とため息が漏れていく。

彼の歩幅に合わすこともなく、ちょっとずつ進む私の足は、心と比例していた。

近づけば近づくほど、足がすくんで。


ここで目の前が崩れ落ちればいいのに。
そんな不吉なことまで考えた。


これで最後、これで最後だから聞かせて。
「ねぇ、帰らない?」

立ち止まった彼の答えは、分かってて。
なのに少しだけ期待をして。

「帰らない。朋香は辛いかもしれないけど…」

予想通りの答え。

今から引き返して、あのパン屋に寄っておばちゃんに会って、彼を紹介して、またサービスでたくさんパンをもらって…そのまま、軽く観光っぽいことをして…

なんてことには、ならないよね。




「…っ、はぁ…っ」
吐き出していたため息が、なんだかさっきから荒くなってきた。

おかしい…

心臓のあたりが、喉のあたりが、痛い…

なに?いきなり…


「はぁっ、…はぁ、」
少し屈まないと、辛い。

コートの襟を握りしめた私は、上から聞こえる彼の焦った声に言葉を返すことができなかった。


息苦しくて…

何も、言えない…


「朋香!」
彼が私を抱き止めてくれたことだけは、わかった。