この横町の片隅で、美桜は常連客を相手に小さなバー『さくら』を経営している。

看板は出さない。

一見さんはお断り。

お代はカウンターの隅に備えてあるカゴの中に気持ち程度にお金を入れること。

この3つのルールは先代ママの代から続いている。

「今日はどこへお出かけだったの?」

レコード店がきんぴらごぼうを口に入れると聞いてきた。

「映画ですよ、映画」

美桜はパンフレットとカバンをカウンターの隅に置きながら答えた。

「また映画?

この間も行ってなかった?」

不動産屋が驚いたと言うように聞き返した。