持ってきた音源が流す。
流れ終わると彼がこちらを向いた。
「相変わらずいい曲だな。」
「ありがと」
ふっと緩んだ彼の顔がかわいくて少しだけ笑った。
彼に言われたところをすぐに直してレコーディングの練習をはじめる。一枚のガラスを挟んだ向こうにいる彼と目があって笑顔を向けると彼もこちらを見て微笑んでくれた。



作曲で疲れがたまっていたし彼の休憩も含めて練習を中断した。彼は飲み物を買いにいってくれて私は少しだけ目を閉じる。
疲れているからかこのまま目を閉じていたら眠ってしまいそうだった。
すぐにドアの音がして、彼が帰ってきたようだった。

もう少しだけ目を閉じていようと思いそのままでいると唇に温かい何かがあたった。

私はたまらなくて、目を閉じたまま泣いた。今すぐ目を開けて彼の顔を見たかったけれど、それは叶わないことだから…。


「好き、なんだよ…」


聞こえてしまった彼の言葉にまた涙が落ちる。
ずるい、ずるいよ。
あなただけ言葉にするなんて。
叶ってしまったらいけないとわかっているのに私に向けて呟くなんて。
涙を飲む想いでたてた私の決心をもろく、こわそうとしないで。
彼の手からこぼれる髪のように私の想いもこの胸の中からこぼれ落ちてしまえばいいのに。
私の涙をぬぐう彼の指をくぐり抜けてほほを伝ったのは口許へとすべりこむ。

ああ、すごくしょっぱいなぁ。





しばらくして目を開けた。
練習は何事もなかったように再開された。
その日、とてもいい曲が完成された。
まるで私の彼に対する思いのような曲が。








『眠り姫にキスを。another story』END