『暑い暑いと言っても涼しくならない』と、今泉君が友達と話しているのを聞いたことがある。



それなら寒い寒いと言ってたら涼しくなるのかと突っ込まれた今泉君は、今と同じような顔をしてた。



『そんなわけないだろう、何か他のことを考えてたら、暑さなんて気にならなくなる』と、さらりと返した笑顔は飄逸として爽やかで。



だとしたら、彼は今何を考えているんだろう。



この暑さ以外のことを考えているんだろうか。だから、あんな顔をしていられるんだ。
きっと。



今泉君を見上げた。
真っ直ぐ前を見据える横顔は凛としていて、ちょっとぐらいのことでも動じることはなさそうだ。



もし目の前を蝉が過ったとしても、決して怯んだりしないだろう。



私たちの後ろを離れて歩いてる女子たちのおしゃべりが、いつの間にか歌に変わってる。流行りの歌とわかったのと同時に、今泉君が口ずさんだ。



「カラオケ行こうか」



今泉君が問い掛ける。
微笑みを湛えているのは、私が頷くのをわかっているからに違いない。
あれが余裕の笑み。