「もう逃げたりしないから、とりあえず手を離して」


「嫌だ」


「あのね、その傷消毒しないと化膿するよ?」


「いい」


「いいわけないでしょ。もう、いいから離して」


「離したら、また逃げるだろ」




その綺麗な顔は、歪なところなんて一つもなくて。

その顔は至って真剣だった。


不機嫌に顔を歪める事もしない。

かといって、柔らかく笑ってくれる訳でもない。



表情を無くしたように、ただただ私を見つめていた。

それは、精巧な人形のよう。

目の前のこの人は、熱を失ってしまった綺麗な作り物のようだった。




ねぇ。

綺麗なその顔を、私はいつまで見ていていいのかな。


もうすぐいなくなる、その時に。

私は、この人を失うのかな。



八年間の片想いで培ったポーカーフェイスは、この二年間で崩れてしまったから。

簡単にタクに縋ることに慣れてしまったから。



私は、前と同じように立っていられるのかな。




無表情なタクの表情が、ふっと突然崩れた。

柔らかくて、優しくて。

私に『好きだ』と伝えてくれた時みたいに、温かい。




あぁ、この顔。

もう何を言われても、私は反論することが出来ない。



私が好きになった優しい拓海の顔だから。

綺麗な作り物みたいな顔よりも、私に笑いかけてくれるその顔を好きになったんだ。

陽だまりみたいにあったかい。

そんな拓海を、好きになったの。