大崎さんは、距離の空いたまま私に手を伸ばしてきた。

その手から逃げることは簡単だったけれど、私は近づいてくる気配から逃げることはなかった。




「ぅわっっ!!!」


「なんだよ、出るじゃねぇか。いつもの声」


「ちょっと・・・ッ!!やめてくださいよっ!髪の毛、ぐちゃぐちゃになっちゃう・・・」


「大丈夫だ。もう帰って寝るだけだろ?」


「そうですけど・・・」




大崎さんは私の頭に手を置いて、まるで犬でも撫でるかのようにワシワシと動かした。

おかげで、まとめていなかった私の髪は見事にぐしゃぐしゃになった。




「それだけ元気があれば、大丈夫だな」


「もう大丈夫です、って。さっき、言ったじゃないですか」


「あぁ。あんな風に強がって言われても、嬉しくねぇわ」




どうして、大崎さんは。

さっきまでの緊張した空気を、こんな風に一気に和らげることが出来るんだろう。


こんな風だから、いつも。

自分に向けられているものが、わからなくなってしまうんだ。




全く気付いていない訳ではない。

私はきっと。

大崎さんの『お気に入り』なのだ。

可愛がってもらっている自覚はある。


けれど、それだけだ。

大崎さんは私に恋愛感情なんて抱いていないだろうし、遠慮なく触ってくる触れ方に『特別さ』を感じたりしない。



上司に可愛がってもらうことは大切だ。

そのこと自体をとても嬉しく思うけれど。




本当に、たまに。

ふとした時に『男』を感じることもある。

一瞬だけでも、ふいに。