神なるものに恐れなし。


寿々彦の声が響いた途端、一気に空間が現実に引き戻された。寿々彦の力で炎上した車も異世界へ飛ばされ、それに準じて俺は陵介の傍らに戻った。
寿々彦と美命は何事もなかったように、別の迎えの車で去った。俺達の力は誰にも知られてはいけない。

「な…凪人、お前…え?」

陵介はまるで化け物でも見るように、怯えた。

「陵介、悪いな。」

俺は一言そう言って、陵介の口に布を当てた。布にはクロロホルムと“忘却の籠薬”を含ませた。だんだん陵介は崩れていき、倒れた。俺は陵介を寮まで運び、ベッドへ寝かせた後、俺は荷物をまとめた。
寿々彦にみられたという事は、俺は今まで通り開鳴学園にもいられない。本家によって、本家の融通の聞く学校へ転入させられるだろう。

(冗談じゃない…。)

そんなにあっさり認めてたまるものか。
6歳のあの時、やっとの思いで抜け出せたのに…こんな事で簡単に命令通りに戻されたりしない。

(逃げ続けて、死ぬまで自分の力で生き続けてやる。)

俺だってのん気にたかをくくって、過ごしていた訳じゃない。いつか来ると思っていたこの時の為に、バイトで金を貯めて、一人生き延びる準備はしてきた。

(…だけど、友達を振り切れる準備は簡単にはできないな。)

どうしても…情が未練がましく邪魔をする。今までの記憶が次々と浮かんで、部屋を出る勇気がいつまでも出ない。

(それほど、楽しかったのか…。)

何気なく過ごした思い出も過去とすれば奥に留めた思いが浮き出てくる。
俺は自分をも振り切るように、短く置き手紙を書いて部屋を出た。

    • • • •

寮から抜け出して数分。俺は地下鉄の中にいた。まとめた荷物はそれほど重くなく、
肩に担げる重さだった。携帯を開き、学校で知り合った人全ての電話番号やラインを削除して、自分のプロフィールも設定し直した。プロフィールの名前は偽名を使った。

“氷室 司”