「な、なんだよー。誉めてやってんのに。」
「俺はお前に誉められても喜べないな。」
「…へーそうですかー、凪人は女子限定で大はしゃぎするんだもんなー。」
「おい。」
「だってそうじゃん。お前、女子にはえらく愛想よくね?だからモテてんだろー?」
「…女性は大切にしろって母さんが…。」
「?」
「何でもない。」
…母さん。
俺が生まれてすぐに死んだ。顔も何も覚えてないけど、よく母さんらしい女の人が夢に出てくる。色々話しかけてくれるのだが、決まって一言最後に言うんだ。
『女性は大切になさい。かつての不肖を起こさぬように。もう違えることのないように…。』
(どういうつもりでどういう意味なのか、意図が掴めない。)
陵介が黙っているので、つい考えにふけっていると、昔の記憶も蘇ってきた。
(…あのままあそこにいなくて、ほんと…良かった。)
あの頃の生活は普通じゃなかった。捨てて良かった。苦しいとか辛いとかはなかったと思う。6歳の子供にそんな感情を認識してたかさえわからないけどな。ただ退屈で、窮屈だった。
(…もう終わったことだ、思い出す必要もないか。)
ーひとつ心残りがあった。
雪がしんしんと降り積もっていた日。二階の窓から飛び出そうとしていた俺を、泣きながら必死にとめた。泣いているとわかった時、俺はあいつの顔を見ないように、振り向かなかった。見たら、決意が揺らいでしまう気がした。冗談だ、と言ってあいつを安心させたいと思うだろう。見たくても見たくても我慢して、飛び降りた。最後に聞いたあいつの声は今も俺の中に響き残っている。
(…あれから10年も経つのか。)
そう完全に昔の記憶に浸っていた俺は陵介の大きな声で現実に一気に戻された。
「おいおいおい!!ナギ、あれ見ろよ!!!超はえーー!!!」
はやい?
これ以上騒がれるとうるさいので、目を寄せて少し見た。
「!!?」
黒いワゴン車が猛スピードで激走していた。反対車線の車や前方を走る車を華麗にかわし、走り抜けていた。
「かっけ~!!」
陵介が感嘆を唱えている隣で、俺は違和感を感じていた。
(なんか、何かから逃げてるみたいじゃないか?)
なんとなく感じた疑問から、ワゴン車の後方を見る。
「……?ー?!」
おそらく90キロ以上のスピードを出して走っているワゴン車に中学生くらいの子供が、乗った自転車がワゴン車の後ろから離されずぴったりくっていて走っていた。
陵介もそれに気付いたのか、目を見開いている。
「…あの子供、おかしくね?自転車であんな車に追いつけるはずないのに。」
「しかも子供は普通に走ってるように見えるしな。」
(でもなんだ?あの子供、全然生きてる感じがしない…。)
心なしか子供の体を青く包んでる霧のようなものも見えた。
あまりに現実離れしすぎている。
まるで前方の車の動きがわかるように走り抜くワゴン車。
その猛スピードで走るワゴン車に平然と後に追いついている自転車に乗った子供。
そして何故か青い霧漂わせる、生気を全く感じない子供。
…違う、これだけじゃない。
「…すっげー、まだ走ってんぞ。あれ。」
「!」
(そうか!)
あの車と子供だけがおかしいんじゃない。
猛スピードで走る車を俺たちがずっと見られるのがおかしいんだ。ほんとなら、もっとずっと前に車は俺たちの前を通り過ぎてるはずなのに。
俺は注意深く周りの街を見た。一見すると、いつもの俺たちの街で通学路だ。
………だが。
「…陵介、帰ろう。」
「え?あぁ。」
陵介はまだこの違いに気付いていないが、特に意見なく従った。
(……。)
「…?え?」
陵介も気付いたようだ。俺は車道側の一本の並木を見て、再び歩いた。
5分して、陵介はさっきと同じ反応を示した。
「な、なんでっ?」
俺は並木を見た。さっき見つけた見覚えのある一本の並木があった。嫌な予感が当たってしまった。
「ナギ、…寮に着かないんだけど?それにさっきの車もまだ…。」
「うん、ここさっきもその前も通った。」
「なんでだ?」
「こっちが聞きたい。」
いや、俺はわかる。これは外徒(がいと)の仕業だ。そして、この空間。歩いても歩いても前に進まないこの空間は、寿々彦(すずひこ)が作り出したものだ。
「ぅわっ?!夜になってるし!!」
10分前まで広がっていた青空が、一瞬にして夜空へ変わっていた。これが寿々彦の能力だからな。
周りの人間に変化が見られないところを見ると、俺たちだけが実感しているとわかる。
「な、ナギ!いきなりあの車から火がっ!!」
「わかってる!!」
俺は車に向かって走り出そうとして、足を止めた。
(今の俺にはまだ継神力(けいじんりき)があるのか?)
あの頃はそれが役割だったから、やれたけど…今は?
「……ッ!」
あのワゴン車に乗っているのは寿々彦とあいつだ。外徒に襲われてるのが何よりの証拠なんだ。



