心臓が大きく脈打っていてうるさい。
誰が出てきたんだろう…もしかして私が新選組として偵察していることがばれた?だとしたら逃げ始めたってこと?…でもきこえてくる足跡は一つだけ。
ごくりと唾をのみこんでゆっくりと木の陰から覗いてみるとそこには一人の男がため息をついて月を見上げているところだった。
ばれたわけではなかったようでほっと息をつく。
「そこにいるのは誰だ?」
「っ!」
気配できづいたのだろうか…それが私に向けての言葉であることはわかっておとなしく前に出た。
「えっと…すみません、宿を探していたのですが空いていないといわれたもので、どこか寝るだけでもできそうなところはないかと…」
「宿を…か。悪いがここはもう空いている部屋はない。それにほかの宿を一緒に探してやることもできなさそうだ。しかしそこにいても仕方ないだろう、ともかく外に出ないか」
「…はい」
話し方からはあまり訛りを感じないが京の人のものでもない。訛りを消してはなしているのだろう。
幸か不幸か今は雲で月が隠れていて互いに顔はよく見えない。暗いうちに別れてしまおうと少しだけ早足で外に出ると頭を下げた。
「では、私はこれで…」
「あぁ、また、機会があれば…っ」
瞬間、強い風が吹いてゆっくり雲の陰から月が顔をのぞかせた。
…あぁ、神様あなたはどうしてこんなにも意地悪なのでしょう。
「その顔立ち…おなごであったか」
「…訳ありでして。では…」
やはり見る者がみれば性別なんてすぐにばれてしまうものだ。
男が返事をするより先に私は走り出した。まずい、思ったより時間がかかってしまった。でも何が一番まずいかって男の顔になんとなく見覚えがあったことだ。
「っ桂、小五郎……」
またの名を、木戸孝允。
前髪の隙間から見え隠れしたうすい三日月の傷跡。文献に書かれてあった通り誠実で真面目そうな人だった。歴史上の有名な人物に会えた嬉しさと新選組隊士として本当に見過ごしてよかったのかという思いを胸にとにかく走った。