「赤崎さんはもう帰ってもいいよ」



水無瀬さんの居場所は分かったから、と言うと驚いたように目を見張って、ニコリと笑った。


多分、違うところで絵を描いてるってことは水無瀬さんはあそこにいると思う。



「じゃ、葵とちゃんと話すのよ?
きっと大丈夫だから」


「あぁ」



そのまま赤崎さんは帰って、俺はカバンを颯のところに置いたあとに、あの場所へ向かった。





「雨、降ってきたな…」



ぽつり、と頬に冷たいものを感じて空を見上げる。



傘はカバンの中……失敗したな。


でも俺は戻らずに進んだ。



颯が、赤崎さんが俺の背中を押してくれたから、今俺はこうしていられる。


白い傘が見えたとき、何故かほっとして。


一瞬だけ躊躇ってから俺は口を開く。


けれど、俺の口から声が出されることはなかった。




「浅葱と…約束……」




ドクンッ、と嫌な音がした。



あさ、ぎ……それは昨日の男子の名前。


薄まったと思った黒い感情が、再び俺の胸に生まれる。



こんな気持ちで会ってしまったら、自分の中で何かが壊れてしまいそうで。


颯と赤崎さんには悪いけど、今日は……



一歩下がったとき、ガサリと音をたててしまい。


はっとして前を見ると白い傘が動き、水無瀬さんがこちらを向いた。


水無瀬さんと目があって、綺麗な瞳が大きく見開かれたのがスローモーションのように感じる。



「城、越くん…?」



柔らかい声が、俺の名前を紡ぐ。


さっきとは違う意味で心臓が音をたてた。



体が、石のように固まって動けない。


声も出ない。



「大丈夫っ?」



水無瀬さんは俺の姿を見て慌てて傘をさしだした。


濡れている俺を見て、心配そうに眉を下げる水無瀬さんをただ見つめる。